酔い日は良い日の日記
2003年2月.

2月が終わる・・・
2月が終わる。27日、歯医者。左の犬歯の根の治療は終わった。次回からはその前の歯を治療する。歯茎は全体に可成り痩せてしまっているのだそうだ。だから歯茎と歯をボルトで固定していく。大きな口を長いこと開けていなければならないので顎が外れたようね状態になる。

帰るとりよさんが来ていた。3月30日にヴィヨロンで紙芝居をやるため、家にある資料をかりに来た。しばらく話す。本田氏に用があって30分ほど中座。帰ってから夕飯。

あした腸の内視鏡検査があるので、あまり遅くまで飲み食いしているわけにもいかない。9時頃食べ終わったが、病院の指示書には「7時夕食を終える」とある。2時間オーバーだ。指定の薬を飲む。下剤だがいつまで経っても効いてこない。今、もう1時だが・・・

22時頃美延に電話。こんどはヤッチャンが熱を出しているという。雄馬くんは超元気とのこと。

明日は10時に病院に行っていなければならない。検査は13時から。
そして2月は終わる。
2003年02月28日 01時01分14秒
4時に寝た。会社を休む。
今朝4時に寝て8時に起きたので、今日は会社を休んだ。すぐ眠くなると思ったが11時になっても絶好調、一向に眠くない。MAILを覗くと美延から雄馬くん情報。

なかなかしぶとく、てごわく、てこずるちびぎゃんぐ!
口にりんごをためこみためこみ、次から次へと催促催促。
お父さんには猫のようにすりよっていくくせに 私にはチョー反抗的。御飯かたづけちゃうぞ!
わが息子様のほっぺ、食べ物が入ってるのか、ホッヘの肉なのか?
イスの中で立ち上がり、中で一回りするのがブームなゆうま。
2003年02月26日 11時20分53秒
乗ってる母さん、雄馬くんの献立情報
お疲れ気味のブン母さん。
横着ディナーの豪華メニュー。
先にたいらげたぞ、ポンカン瓶詰の茶わん蒸し。
いつぞやに茹でて保管しておいたほうれん草をみじん切ってかつぶしをかけたおひたし。
ほうれん草は勿論あの瓶一瓶の茶わん蒸しも全部完食。そのうえ飯はおかわり!
これを打っている間に食器をいじっていたらしく口の周りがクワンクワン!
イスの中で立ち上がって自分で拍手喝采、得意顔。
高熱後の絶好調にごようじん!
さておとなはなにを食うかな?

雄馬くん、元気になって良かった良かった!!!

2003年02月26日 02時57分54秒
霙だ!
昼食に出たら、みぞれだ。寒い。冷たい。銀行へ行ってから吉野家の牛丼。熱いお茶の茶碗が冷たい手にジンと沁みるように気持ちよい。

帰ってMAILを覗くと美延からnontitle、コメントなしの写真がきていた。タオルを口に詰め込んだ雄馬くんの写真だ。熱あり雄馬くんなのか、前に撮ったものなのかは分からないが、こころなしか顔が赤いようだ。熱は下がってきたと言うが、ミルクは飲むがご飯を食べないそうで、治ったとは言えないようだ。
2003年02月24日 18時18分42秒
雄馬くんの熱
今朝、雄馬くんの病状をきいた。熱は7度台に下がってきた。峠を越したのか、朝だからさがったのか?医者にはまだいっていないというから、すぐ行くように言う。
昨日はサンタたちの所に着いたときは、熱は感じられず、晴太くんとキャッキャ言いながら遊んでいたが、お昼寝から起きたらぐったりしていて、あっというまに9度を超えたという。40分位の間の変化だった。
2003年02月24日 13時34分16秒
雄馬くん発熱
朝の晴太くんの電話通り、雄馬くんたちはサンタのところに2時頃着いたようだ。ホールの催しが終わって電話してみたら、これから一緒に夕飯だという。雄馬くんの調子が悪く、熱がある。
10時頃、美延に電話をしたが応答無し。多分、医者に駆け込んでいるのだろう。
夜中MAILを見ると、直美から。雄馬の熱は9度6分と知る。なんと高熱、初めての経験だ。


「今だけ3パック・ジョイントコンサート」
の本番。

かもめ木管5重奏
 となりのトトロ/ibert・3つの小品/カルメン組曲

トランペットアンサンブル
 チャイコフスキー・アンダンテカンタービレ/ヘンデル・ラルゴ/シャイト・カンツォンコルネット/That’s a Plenty

サンエトワール木管5重奏
 ファルカッシュ・5つのハンガリー舞曲/ダンツィ・木管5重奏曲ト短調作品56-2/ドビュッシー・小組曲よりBallet

ヴィデオを撮ったが、ヴィデオカメラの寿命かテープが合わないのか、音飛びがひどい。演奏は思っていたよりグレードが高く、たっぷり楽しめた。演奏後、懇親会に呼ばれたが、学生さんたちの若い成長エネルギーに触れ演奏以上にパワーをもらった。15人全員での記念撮影はデジカメで。
2003年02月24日 01時36分57秒
寝坊
23日。上智大学の管楽器3グループの演奏会がある。昨日、早く寝たので2時半に目が覚め、MACの中の古いファイルを整理していたが、6時ころ眠くなって寝て、目が覚めたら9時半。上智大学の学生さん達は既に楽屋入りしていた。

晴太くんから電話。「ランドセルをありがとう、きょうは雄馬くんがくるんだよ」だそうだ。

マイケル・ムーア「アホでマヌケなアメリカ白人」をよむ。光洋が貸してくれた。ブッシュが如何なる謀略によりアメリカを支配したかという内容ではじまる。選挙での改竄画策などなど・・・面白い。いや、面白いなどと言ってはおれない、イラク攻撃のシナリオは彼らが書いているのだ。国際世論を操作しようとやっきになっているが、力ずくなら世界を敵に回しても対抗できる国だから、これからどうなるのか?
2003年02月23日 11時59分47秒
古典四重奏団試演会
 20日、古典四重奏団の試演会(プログラムはここ)。後半のヴェーヴェルンとバルトークがよかった。特に滅多に聴くことの出来ないヴェーベルン。現在、現代音楽はすべてヴェーベルンに内包されているとすら思える。調正もリズムもメロディさえない音を空間に充たし、不思議な世界を創る。

バルトークはお馴染みだ。饒舌なフレーズと美しい歌が聞こえて来るが、CDでは味わえない臨場感が贅沢。今日の試演会は22日に府中美術館で「絵を聴く」と題したコンサートのためのもの。ドイツ表現主義の芸術展という絵画展の中のイヴェントだからヴェーベルンの演奏を要請されたが、この演目を希望されることはあとにも先にも無いだろうと解説があったが、それほど演奏する機会が無く、今回演奏できることが大変にうれしいと言うことだった。

バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタの中古CDをアマゾンから頼んだが、今日届いた。ジョセフォウィッチという若い女流ヴァイオリニストが演奏している。初めて聴いたが、とても綺麗な良い曲で、特に第三楽章の歌うような楽章は、これもバルトークなんだと思いながら聴き入った。
このCDはすべてヴァイオリンのソロでイザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ#3、#4はじめクライスラー、パガニーニ、シューベルトの魔王(エルンスト編)の曲が入っている。愛聴版になるだろう。

 22日朝、美延から電話で「写メール見たか」と電話。雄馬くんが「手を離して立ったよ」という。早速開いてみたがこれが何だか分からない。テーブルで膝を支えて立っているというのだが、どうみても立て膝をしているようにしか見えない。それはどうでもいいが、ヤツはまた一つ大きくなった、すごいすごい!
2003年02月23日 03時15分34秒
解体工事
前の建物(元JT)の取り壊し工事が進んでいる。マンションになる。機材を屋上に吊り上げ、上部から取り崩す。騒音が出る作業は、コア石響に催事があるときは止めるか、音の出ない作業にシフトする約束になっていて工程表にコア石響催事が記載されている。日祭に工事はない。工事現場のデジカメ。
2003年02月21日 07時39分47秒
屋上にも台所にも2003年の春が来た。

今朝は2時半に目が覚めてしまった。そのまま起きてMAILを覗くとmiyakoさんからメインクーンの写真が届いていた。武蔵と名付けられたこのネコは、名前に似て精悍な面魂だ。なんでも世界一大きいネコだそうだ。早速返事を書いた。

今8時、眠くなってきた。きょうは一日睡魔との戦いになるだろう。屋上に上がって満開の梅をデジカメして、ついでに台所にあったニンジンの首から伸びた芽を撮った。梅の写真はロングとアップをフォトショップで合成した。

 

2003年02月20日 08時18分52秒
思い出ばなし
2月18日。思ってより早く検診が終わり、夕方、母と和子で昔話をした。戦後間もない田舎での暮らし。

雪の日、こわれた靴で学校から帰った弟は「つんたいよー」って泣いていた。

早朝、九十九里浜の漁師のおばさんが毎週自転車でイワシを売りに来る。背黒イワシ。ひとよひとよ、ふたよふたよ・・・と5匹ずつ数えて行くのが面白かった。子供の目にはおばさんだが、いま思い返すとピチピチの若奥さん。浜にいけば落ちている魚を拾えばバケツ一杯はすぐあつまり、タダなのだが、浜までは1時間はかかる。バケツ一杯の魚を提げて1時間も歩けるわけはない。だからおばさんが来てくれるのがとてもありがたかった。漁師にとって自転車に乗るくらいの魚はもちろん幾らと計算できる量ではない。それを自転車で売り歩けば幾らかになる。漁師にとっては貴重な現金収入だったのだろう。我々にとっては得難い蛋白源だった。

もう一つ蛋白源。霜が降りる頃、田圃にはザリガニの子が孵る。夕方、竹で編んだ「うけ」を畦に仕掛けておくと朝にはバケツ一杯のザリガニの子がとれる。それを醤油煮る。アミより一回り大きいが、ヒゲやは足が堅くもそもそしているが、よく食べたものだ。

もう一つ蛋白源。実りの秋、当時はイナゴが無尽蔵と言っていいくらいとれた。手ぬぐいの両端を縫って袋をつくり、その袋の口に竹筒を括りつけ、イナゴを捕る。幾らでもとれる。袋のまま熱湯をかけると糞が抜ける。袋から出して糞を洗い流し佃煮にする。あのころは醤油も貴重だったから、塩で煮たこともある。和子の話では、胡麻油で炒めて醤油味で仕上げたと言うから、これは贅沢なご馳走だ。胡麻油などと言う物は貴重品で手にはいることは滅多にない。配給の鯨の油を使うのだが臭くて不味くてとても食べられたものではなかったと母は言うが、われわれは憶えていない。

ザリガニの親もたくさんいた。トノサマガエルを錨バリで引っかけて皮を足の方から頭まで剥きそこで止めると、頭から皮がベロンと下がった状態になる。このカエルの足を凧糸に結んで短い竹竿の先にくくりつける。これがザリガニ漁の仕掛けになる。小川の中にこの仕掛けを入れるとザリガニが食いつく。ハサミでしっかり鋏んでいて、水から上げても離そうとしない。これをバケツの中に持っていき底にトントンとつけるとザリガニくんはやっと我に返るのかハサミを離すといった具合で、どんどん釣れる。入れ食いだ。いつも大漁だった。これを茹でて食べるのだが、食べられるのは尻尾の肉だけだから殻ばかりが山ほど出る割には食べ甲斐がない。だからあまり喰わなかった。

最高の獲物はウナギだ。こちらはいつも大漁というわけにはいかない。カエルを糠で炒って布袋にいれ、大きい「うけ」の中にくくりつける。これを沼や川に沈めておく。早朝引き上げるのだが、寝坊したりすれば何者かに獲物を盗まれてしまう。だからまだ暗いうちに引き上げにいく。うまくすると3〜4匹の大きなウナギが入っていることがある。ウナギが特上の獲物だが、ナマズが捕れたりフナ雷魚が入っていたり・・・ところがザリガニが入ると獲物を殺してしまう。何が入るか分からない楽しみがこたえられなかったが、学校へ行くのでこの漁は日曜日にしか出来なかった。必ず捕れるとは限らないので、大漁の喜びは滅多になかった。

なにしろ食べ物が無いので、食べ物の話が大半で、それも食べるのに苦労した話が殆どだ。子供たちはこんなもんだと思っているからいいが、母は今まで食べたことの無いものは気持ち悪くて食べられなかったと言う。イナゴやザリガニは食べなかったと思う。

次は怖かった話
颱風の夜が明けた。風は納まっているがなにかゴソゴソ音がする。そっと窓を開けてみると、どこからかが逃げてきて窓の下から広がっているサツマイモの畑に入り込んでイモのツルをたべているのだった。未だにはっきり憶えている。

もうひとつの颱風。辛神社の社務所に住んでいたが、暴風に煽られて風下の屋根が抜けた。もう「雨漏り」などという生やさしい物ではない。部屋の中は土砂降りの豪雨。お宮の本堂に入り一夜を明かしたこともあったと言うが、その時私は何故か居なかったのか憶えていない。父と東京に行っていたのかも知れない。屋根が剥がれている家のことははっきり憶えているが・・・

こうした苦労の連続の中にも、印象に残る素敵な風景を今でも鮮明に思い出す母。(冬)ゆうまづめ、田圃のあちらこちらに鷺が片足でたたずむ広々とした風景。困難な生活の中にもこころ安らぐ風景を愛でた母の話を聞くとその美しさはいま求める最高の絵だと思うが、子供の我々には感動の対象ではなかった。田圃に鳥がいるなとチラッと見たに過ぎなかったのだろう。

などなど、1時間程があっという間に過ぎた。
2003年02月19日 01時38分48秒
いろいろ、などなど。
美延から電話でAOLに繋がらないと言ってきたが、前日はちゃんと接続したというから、どこに問題があるかわからない。お手上げだ。雄馬くんは、あいかわらず手当たり次第にごみばこに「ないない」しているそうだ。

15日土曜日、殺陣の稽古のあと、例によって反省会という名目の飲み会。席上、師匠の野崎さんが大の猫好きだったことを思い出した。アメリカンショートヘア雌の三歳。またネコ派が一人増えた。

この日、久しぶりに殺陣の稽古をビデオに納めた。あとで見てみると、「立ちまわりで腰が浮いている時はだらしなく見えるぞ」などと悪いところがすごくよく判る。写真を加工してホームページに掲出し、テープをダビングして柴さんと柳沢さんにお渡しした。反応はまだないが、次回も撮ろうと思う。

また、数年前、石黒師匠書き下ろしの「丁髷抄」の脚本を引っ張り出して、どうしても上演したいものだと盛り上がったが、具体的には何も決まらなかった。数年間眠っていた本がこの日話題になったのも何かの縁だろう。メンバーは変わっているし、我々の環境も激変していることを感じるが、なんとか実現したいと皆が思っていることは確かだ。手応えだけがあったと言うところだ。

脚本が出来たのはバブル末期。主役が工場経営の破綻で倒産したり、柳沢さんがワシントンに転勤になったり、参加者のほとんどが何らかのアクシデントに見舞われ、そのままお蔵入りしてしまった脚本である。この本を演じることによって、暗雲の立ちこめる現在の状態から脱却出来るのではないか。沈んでいく気持ちをどこかで切り返さなくてはならない。などと、独善的な思いを巡らせている。

16日、木村俊介氏のライブ。いつ聴いても素晴らしい演奏だ。今回はマリンバとの共演。ヴァイオリンの西田さん、笛と津軽三味線を木村さん。3人の共演。曲は木村氏の新作。

前回、12月23日のダンスとのコラボレーションのヴィデオがメイクしていなかったのを思いだし、今回の公演のテープと同時にタイトルを創りダビングした。それぞれのタイトルをホームページに掲出した。

今回は、前日までの陽気が一転し、雪混じりの悪天候のため、客入りは薄くちょっと淋しかった。演奏会終了後、演奏者と関係者がコーヒーでお疲れ会をやった。このグループでは初めての飲み会?だった。

2月のコア石響は催しが少なく、あと、上智大学の管楽器のグループがライヴをやるだけ
(23日日曜日)。

20日に古典四重奏団の試演会があるが、こちらは非公開。

きょうは18日。朝食抜きで虎ノ門病院へ。胃カメラ。何も出来ていないようで一安心。潰瘍があると組織を取ってピロリ菌がいないかどうかを調べるオプションがある。このオプションを申し込んだが「潰瘍がなかったので実施しませんでした」と医師から説明があった。ピロリ菌で苦しんだ後藤さんや小松さんを思い出しながら、まずはめでたしめでたしである。
2003年02月18日 17時08分04秒
ネコ派

2月11日のオンド・マルトノの演奏会で佐藤恵美さんとおっしゃる猫の銅版画家にお会いした。
去年11月には銀座のギャラリー美有という猫の作品だけを扱う画廊で個展を開かれた。そのときのDMを頂いた。
また、今年2月21日から23日の3日間、阿嘉島(あかしま)で開かれる「ニャンニャンアートキャンプ」の講師の一人として沖縄へ行かれるそうだ。
ここに来る方はどうも猫派が多いようだ。それも女性ばかりだ。そう言えば、未だ男性の猫にはお会いしたことがない。男には犬派が多いのかも知れない。

いままでにお知り合いになったネコ派をリストアップしてみると・・・
トラコさん=デザイナー・アートディレクター
マリさん=ステンドグラス作家
森津さん=画家
モモさん=歌手・作曲家
東の宮さん=女優
miyakoさん=WEB友(お会いしたことはない。職業はOLか?デザイナーか?)
佐藤さん=上述の銅版画家
2003年02月13日 20時45分16秒
小さい価値
◆きょうはお休み。昨日から体調が思わしくないのできょう会社を休む。飲み過ぎと寝不足が堆積したのだろうか。眠くてだるい。10時まで寝た。

夜、柳沢さんがビールを差し入れて下さって、お喋りに花が咲いた。マッサージや、気功の話題のあと、晴太くんが話題になったので、ちょうど1年前、2月11日の「晴太独演会」をPlaybackした。1時間近い長編にもかかわらず最後まで付き合わせてしまったが、芸人晴太のおどりやお話に感心して笑いこけてらっしゃったので、まんざらでもなかったのだろう。菊地夫妻、直美はいるし、孫達が揃っている筈なのに、なぜか太郎くんとそのお父さんがいない。

そこで去年の日記を開いてみた。ちゃんと書いてあった。去年の建国記念日は3連休になり、太郎くんとお父さんスキーに行き、晴太くんと浩太くんとお母さんが2泊した。そしてその日に書かれた日記の記事は今ではもう書けない。ビデオを見て思い出すのとは違う鮮明な記憶が甦った。

この日記も使い道があるなぁと繰り返し思う。1年前のうすれてしまった記憶を正確に呼び出すことが出来る。そんな記憶を呼び出したって何の意味もないが、こうして一人一人が自分にとっての小さな価値を大切にすることで、そのたいした事のない一粒ひとつぶが集まって社会を構成している。これが人類の実体ではないだろうか。人種や宗教の差による差別や偏見も、元は一人一人のたいしたことはない小さなちいさな価値が集まって出来てくるのではないか?誰もが持っている自分だけの小さな価値観は誰からも侵略されたくはない。

今日のおじいちゃんのお見舞いは和子ひとり。てぶらのおみやげ無し。胸のテレビを撮ったそうだ。いや、それはレントゲンのこと。昨日より元気があったと言う。
2003年02月13日 00時39分48秒
オンドマルトノ
11日。大森おじいちゃんを見舞う。持っていった煮こごりを美味しいといって食べる。「きょうは沢山食べた、いつもこのくらいばべなければだめだね」と満足そう。いつもは殆ど食べないそうだ。

3時からオンドマルトノの演奏会。カノン工房プロジュースによる女性演奏家シリーズの最後である。初めて聞くオンドマルトノの音。ヴァイオリンのようでもあり、また胡弓のように曖昧な音でもあり何とも不思議な音だ。弦の振動を電気的に取り出しているというが、どんな仕組みかよくわからない。弦を張ったスピーカ、銅鑼の入ったスピーカーなど仕掛けも凝っている。電気技師マルトノ氏が1900年初めに開発した楽器だそうだ。

演奏会のあと、ご苦労会があったが、きょうは朝から調子が悪く体中がだるくて演奏のヴィデオ撮りもとてもきつかった。そうそうに失礼して寝てしまった。2時に起きてヴィデオタイトルをつくり、HPも更新し、この日記を書いている。
2003年02月12日 05時21分17秒
バスクラリネット
9日・日曜日。鈴木生子さんと中田良さんの演奏会。鈴木さんのパスクラリネットはこれで2回めの演奏になるが、クラリネットは初めて。シーゲルの「バスクラリネットとテープのためのジャックドゥオ」は素晴らしかった。クラリネットは聞き慣れているが、バスクラリネットはめったに聴く機会がない。非常に豊かな音が何回聴いても素晴らしい。
中田良さんのピアノは飯原さんの「ことばうた」で何回かコア石響で弾かれている。伴奏者として抜群だと思っていたが、この日、武満徹の曲をソロで聴いた。聴き応えのある良い演奏だった。
2003年02月12日 05時19分49秒
フルート&ピアノ
カノン工房チャレンジarts2000シリーズは第8回目だが、コア石響では初めての開催。今回は「女性演奏家シリーズ」で11日までに3公演になる、今日がその初日。

笠井祐子さんのピアノ、真鍋恵子さんのフルート。
第一部が笠井さんのピアノソロでショパンの「24の前奏曲」。
休憩を挟んで第2部は真鍋さんのフルートピアノ伴奏は笠井さん。メシアンの「黒つぐみ」、ソロでバッハの無伴奏チェロ組曲第4番、ヴィドールの「組曲・作品34」
アンコールにピアソラ。

笠井さんの演奏でまず好感が持てたのは暗譜での演奏。聞き慣れたショパンではなく、かなりユニークなこと。それが良いか悪いかではなく、とにかく粗い音がなぜかカッコいい。アムステルダムに3年半留学してアムステルダム音楽院でソリストオーディションで優勝し、日本人初の伴奏員に指名されている。演奏会のあとお疲れ会の席上、アムステルダム風のショパンだと言うことになった。やはり常識的なショパンとはひと味違っていると言うことは聴衆の皆が聞き取っていたようだ。フルートの伴奏は非常に良かった。

真鍋さんは芸大の器楽科卒だから、古典四重奏団メンバーの後輩。シェーンのフルートを聞き慣れた耳には非常に粗く聞こえる。言い換えればシャープだ。真面目な演奏ぶりである。メシアンが良かった。アンコールのピアソラはちょっと真面目すぎたかな?もっとくだけた音が聞きたいなといったとろだ。

ビール一口だけの打上と言うことで乾杯したが、例によって盛り上がり気炎が上がった。

明日はバスクラリネットの鈴木生子さん。楽しみだ
写真=左・笠井さん、右・真鍋さん
2003年02月09日 03時00分36秒
鈴木理恵子さんからCD2枚。
6日(木)講談稽古。原田さん宅で。2年越しの大塩平八郎は、もう出来上がったつもりでいたが、どうしてどうして穴だらけのすかすかだ。この世界、奥が深いと言うことがやっと分かってきた稽古だった。


今日、鈴木理恵子さんからCDが2枚届いた。曲名の字がすごく小さくてよめないのでCDを聞きながら、太郎くんが忘れていったルーペを覗きながら書き出した。今、「夏の夜の夢」がかかっているが、すばらしい。収録されている曲のバランスも良く、特にピアソラが秀逸。恋人達の静かな語らいにどうぞ!
「フロム・ジ・オリエント」は、先般コア石響で演奏された曲。あのときの感動が甦る。心静かに独りで聴きましょう。お酒でも飲みながら・・・そんな時間がほしい。

「夏の夜の夢」
  ヴァイオリン=鈴木理恵子・ピアノ=山田武彦/淡路七穂子・バンドネオン=京谷弘司・ベース=田中伸司
  1 リベルタンゴ(ピアソラ)
  2 美しい夕暮れ(ドビュッシー)
  3 カンタービレ(パガニーニ)
  4 夢のあとに 作品7-1(フォーレ)
  5 マドリガル(シモネッティ)
  6 シンドラーのリスト(J.ウイリアムス)
  7 チャールダーシュ(モンティ)
  8 子守歌 作品16(フォーレ)
  9 ノクターン 第20番 遺作(ショパン)
  10 夕べの歌(シューマン)
  11 アディオスノニーノ(ピアソラ)
  12 鮫(ピアソラ)
  13 ブエノスアイレスの冬(ピアソラ)
  14 愛の小径(プーランク)
  15 トロイメライ(シューマン)

「フロム・ジ・オリエント」
  ヴァイオリン=鈴木理恵子・ピアノ=高橋悠治
  1 バラとリンゴの国の太陽(モンゴル民謡)
  2 エオリアン・ハーブ(ジャック・ボディ)
  3 大王の主題(サイン・ユン)
  4 アダイ・アダイ〜ブルネイの古謡による(加古隆)
  5 JI7≪静水≫(チュー・シャオソン)
  6 妖精の距離(武満徹)
  7 パランセ〜韓国の民謡「青い鳥」による(高橋悠治)
  8 7つのバラがやぶにさく(高橋悠治
2003年02月07日 05時58分51秒
エルデーディ弦楽四重奏団を聴く。
◆5日、築地・トリトンスクゥエアの第一生命ホールへエルデーディ弦楽四重奏団の演奏会を聴きにいった。
会場で田崎さんと蓮池さんにあった。

演奏は素晴らしかった。ハイドン、武満徹、ベートーベン。武満がよかった。この四重奏は楽器を歌わせる演奏ぶりで、武満の様々なフレーズが美しく歌われ私には非常に心地よく面白く聴いた。ハイドンもベートーベンもよかったが、古典四重奏団に較べるとマイルドというかソフトな演奏におもえた。そのまとまった演奏の後、アンコールにハイドンの皇帝の一部を弾かれたが、これは蛇足。ない方が良い。ハイドン、タケミツ、ベートーベンで完結しているのに・・・ちょっと安易だったような気がする。

終了後、トリトンのなかの「いやし」で夜食を済ませて帰宅。雄馬くんはもう寝ていた。康雄さんが来ていたが11時頃帰った。
2003年02月06日 13時06分07秒
雄馬くん来る。&、葬儀。にぎり寿司。
2月2日・日曜日、雄馬くんが来た。1週間のお泊まり。美延が検診のためだ。

3日は、眼科を受診。特に変わったことは無かったようだ。

この日、ケイズの木島さんのご母堂の葬儀で堀切菖蒲園まで行く。1時間で行くとの読みで出発したが、何と1時間半を要した。仏様は68歳だったというから、私より若い。ご本人の遺志で会葬やや香典をご辞退され、その旨連絡があったせいか、会葬者はほとんど身内だけの静かなお葬式だった。

帰りに新橋で昼食。福助という鮨屋で定食をとったが、これがおにぎりのまぐろまきと言った感じでしゃりはたっぶりだが、ネタが素晴らしく薄切り。だが腹はきつくなった。

8時頃帰宅すると、雄馬くんは例によって絶好調。ひとしきり遊んでから、ニラ鍋の夕食となったが、雄馬くんはダッコしてもらいたくてまつわりついてくる。食事が済んでから、寝かせにかかったが、いつまでたってもグタグタ動き回っていて一向に眠る気配がない。こうなったら根較べだ。11時を廻る頃、やっとダウン。ぐっすり眠り込んだ。

4日朝は8時頃、機嫌良く朝ご飯をたっぷり食べた雄馬くん、出がけに「行って来ます・バイバイ」をすると泣き出すので、黙って出勤した。
2003年02月04日 13時32分27秒
2つの音楽会。
2月1日、カタカタノムカナと倍音Sに演奏会を聴いた。とにかく面白い。音楽的にどうのこうのではなく、いろいろな音がホールの中で踊りまくるかと思えば、こんどはお経で癒される、眠くなると言った具合だ。七面倒な音楽論など要らない音楽の原点みたいに感じながら楽しんだ。最後に将棋作曲と称して、演奏会直前に出来た曲を聴いた。将棋を指すように、音のエレメントを入れ子にしながらつくるのだそうだ。演奏会の前に公開作曲をしたのだが、こちらは所用があって聞けなかったのがちょっと残念!いずれにしても、音楽の範疇をはみ出した愉快な試みだった。

2月2日、音楽三昧の演奏会を津田ホールに聴く。こちらは音楽のルールに則ってブラームスとワーグナーがアレンジされた正当派。大学祝典序曲やワーグナーはオーケストラで演奏される曲だが、チェンバロ、ヴァイオリン、コントラバスそれにフルートの5人で演奏してしまう「5人のオーケストラ」だ。目を閉じると瞼にはオーケストラのメンバーが広がってくるから不思議だ。

どちらも、肩の凝らない音楽で心が澄んでくる。
2003年02月03日 17時43分25秒
古稀・西村さんから。
西村さんからのメッセージ。


楽しい時間をありがとうございました。

座長、和子さんの楽しそうな顔ったら!・・・
永くお付き合いさせて戴いている中でも、今までにない表情で
素敵なご夫婦だと、改めて、しみじみ、拝見させていただきました。

ブンタンも順調に回復され、本当のよかったですね!
山本ファミリー、みんな、みんな、いい笑顔でしたよ!
その上、いいお友達もいっぱいで・・・(もちろんニシやんの含めてよ)
座長は、幸せ者だァ〜〜〜。

四谷の「元気なジジィ」にあらためて乾杯です!!!
2003年02月02日 11時50分07秒
古稀・美延から。
美延のMAILから

昨日(1月29日)は素晴らしい一時に加わることが出来てよかったです。康雄君が「行こう」って言ってくれなかったら 電報だけで済ませてたかも知れません。やっちゃんに感謝です。
パパの肉厚な人徳とパパの周りの暖かい人の輪に大感動し大感激でした
康雄君も同じような事を言ってました 健康第一です。もちろんままも。

(四ッ谷に向かう寸前に雄馬がハンドクリームの蓋を開けて、顔に塗るは口に入れるは、そこいらじゅうに塗りたくるは!!!大事ニハイタラズ)
2003年02月02日 11時48分38秒
感謝・古稀の祝宴
1月29日。70歳の誕生日。朝はやくからサンタ達が来ていた。流感で学年閉鎖、直美は会社に重要な客を迎えるので、朝早く出かけた。夜、本多さんとの打ち合わせがあるので6時頃帰宅。直美も帰ってきていた。
6時半から本多さんとおよそ1時間半のミーティングのあと、久しぶりで飲みに行こうと言うことになった。すぐ近くにいいところがあるという。誘われるままに出かけることにしたが、家には誰もいない。ホールに居るかも知れないので覗いてみようとおうことで、ドアを開けた。

そこで、クラッカーの集中砲火とともに「おめでとう!」の歓声で迎えられた。何がなんだか、状況の把握が全く出来ないまま、中へ引き込まれ、Asoulの若い人たちにキスされながら、こもかぶりの酒樽の前に立たされる。外に出るため着込んで来たブルゾンを脱ぎ、謝意を述べる。
村井しげるさんのアコーディオン。A−soulのコーラスと賑やかな密度の高い時間で充たされ、こもかぶりの一斗樽から一の蔵を汲んでは飲み汲んでは飲み、来てくださった方に一人一人ご挨拶をしているうちに、司会の本多さんから一言挨拶をするようにとのご指名。
何しろこのような催しを全く知らなかったため、言うべき事の準備はないし、すっかり酔っぱらっていて、だらだらと締めくくりのない挨拶をしたようだ。長いぞ、いいかげんいやめろという視線を集めながらも喋り続けていた。
この時言いたかったことは、今になってみれば山ほどある。
ここに立っている自分は2人の女性のお陰で今日この感動を受けることが出来たのだ。自分に命をくれた母と、三十数年間共にくらしながらやりたい放題をさせてくれた妻とである。
子供たちも、孫達も全員揃っている。
直美も美延もすばらしいパートナーとともに真っ直ぐにいきている。
孫達もそれぞれ個性を伸ばし始めた。
そしてここに集まって下さった何十人もの人たち。そのほとんどがホールが出来てからお付き合いいただいた方々だ。
まるで夢の錦絵の中に居るようだった。
70歳を古稀というが、今どきそれほど稀な年ではない。だが、これほどすばらしい古稀の祝いを体験できる人はまれだろう。激変する世間に立ち向かって行くために、まだのんびり出来ない。子供たち、孫達といつまでも話ができるように毎日努力して一日一日を大切にしよう。


当日所用でこれないからとバースデイカードや、ぬいぐるみプレゼントつき電報を贈って下さった方。ありがとう。写真はその一部。

2003年02月02日 10時18分43秒