酔い日は良い日の日記

2002年10月

猫舌三昧の楽しみ
柳瀬尚紀氏の「猫舌三昧」を読み始めた。現代音楽の伊左治氏と親交の深い英文学者で、朝日新聞に随筆を連載なさっている方で、昨年7月までだったかを纏めて出版されたものだ。

コア石響での伊左治氏の「個展」についても書かれたのだが、単行本には載っていない。今年の夏の演奏会だから当然だが、このことに関して、伊左治氏が単文にまとめてMAILして下さったのでホームページに掲載してある。そんな経緯があって、書店に平置きされていたのが目に留まり購入したものである。

白状すると、購入してからしばらくの間放って置いたのだが、読み始めるてみると、もう止まらない。なぜ猫舌などという題名がついているかと言えば、柳瀬氏には愛猫がいるのだ。ネコを脇役にして、日常見聞きする事柄、言葉の故事来歴を尋ね、時事の話題で味をつけながら筆は踊る。

いまは、寝る前に2・3節、夜中に目覚めて2・3節、朝目覚めて2・3節読むのが楽しい日課になっている。
2002年10月31日 18時15分55秒
新しいイヴェント
我が家のNetworkが1週間ほどダウンする。
東京メタリック通信がヤフーに吸収され、サービスがヤフーに引き継がれたため、モデムを切り替えなければならない。シームレスに行くはずだったが、どうもうまくいかないな。
ホームページの更新や、メールの送受信に支障を来すが、ウイークデーは会社から対応できるので、それほど重大な影響は出ないだろうと思う。

昨日から芝居の建て込みが始まった。11月1日からの「マルグリット・デュラスのラ・ミュージカ」。今日・明日と稽古もある。舞台を真ん中に置き、客は周りを取り囲むようになるそうだが、まだ覗いていない。

続く11月8日から10日までの3日間、BALLADの公演「ソフィステケイテッド・レデイ」がある。内容はまだ良く判らないが、チラシを見る限り面白そうだ。

11月11日から16日までの6日間、 チューニングと題したコラボレーションがあるが、この制作進行がおもしろい。準備のためにホームページを立ち上げて宣伝するとともに、出演者は同じサイトで連絡をとりながら空間を作っていく。勿論BBSもあるのでドンドン書き込んで欲しいものだ。
観客を千人動員するという目標をたて、会場でつかう音楽はCDにして販売するという壮大な演出である。これからのイヴェントのあり方の一方向を示唆する新しい試みだと思う。
2002年10月30日 14時09分41秒
良い場、悪い場。

10月もあと2日。美延の退院も近い。

27日、日曜日には恒例の「村井しげるアコーディオンコンサート」。客は薄かったが、これまでにない素晴らしい演奏会だったと素敵すてきの大好評。
もちろん、終わってからの「打ち上げ」は盛り上がった。村井さんの芸人哲学に触れ、その造詣の深さに舌を巻いたものだ。
梅田佳声さんにしても、村井さんにしても、若い者がちょっと教えてもらいたい位の軽い気持ちで教えを請うにはあまりにも奥が深い。
落語の古今亭菊春師も打ち上げに加わったが、村井さんの忠臣蔵の歌をネタに頂戴したいとメモをもらって行かれた。来年、2人会をコア石響でやることになった。
村井さんも、いい気分でしこたま聞こし召してすっかり出来上がってしまった。11時頃お開きになったが、当然車はお預かり、翌朝早く取りに来られた。

遡って26日。草の実の会の朗読。愛がテーマで6人の出演。アマチュアであるが、真剣な取り組みが聴衆を魅了する。下手なプロより数段聞き応えがあった。
1週間ほど前に聞きに行った「黒門町・本牧亭」の講談を思い出した。こちらは神田紅が、新しいネタでまだ入っていないのでと、本を読んだ。「冗談じゃあねーよ、おれは朗読を聞きにきたんじゃぁねえぞ」と出来の悪さに頭に来たもんだ。本を見てもいいけど、草の実の会の皆さんくらい真剣に取り組めよ。「プロなんだろう?ちょっと売れたからってのぼせるんじゃあねえぞ」と再び頭に来た。念のために付け加えるが、この一人をのぞけば、大変面白く聞けた。とくに前座さんが良かったね。わが師匠の神田紫師は取りを取るだけの良いできだ。こちらも新しいネタだったそうだ。

2002年10月29日 17時02分24秒
退院は来週か?
今朝、美延へ着替えを届けた。寝坊したので徒歩は諦める。夕方帰りに訪ねたとき、レントゲンの結果、骨がずれているので、寝るときもコルセットをはずしてはいけない事になったとショックを隠しきれない。
きょう、柳沢さんがお見舞いに来てくださり、好物のアンズジャムを頂いたという。大きな瓶がテーブルに乗っていた。
この日記を書いている間に留守電に来週退院出来そうだというメッセージが入っていた。術後の「骨のずれ」はたいしたことではなかったのかも知れない。

今日、久しぶりに本屋を覗いてみた。アメリカを批判する本の平置きが急に増えているように感じられた。それもアメリカの要人が執筆しているのが目に付くような気がする。最近読み始めた「勝者の代償」もその内の一冊だ。
別の本では、アメリカはいま戦争を始めなければならない国内的な問題を孕んでいると論じている。貧富の格差が極端に拡がり、家庭や地域のコミュニティが崩壊し国内に暴動の危険を孕み、外国との戦いにより国内のひずみとそのパワーを外に逃さなければならないからだというのである。
しかし、テロ撲滅を標榜しての開戦論は、あらゆる国を相手に戦いを挑む危険を孕み非常に危険な状況にあるという。
そうか、それは判ったが、それではどうしたらよいのだろう?判らない。
2002年10月24日 22時50分56秒
歩ける、歩いた。
10月22日。アッという間に10月も後半になった。

昨日は雨の中を徒歩通勤。
帰りに美延を見舞う。もう歩けるようになっていた。だが必ず歩行器を使うよう指示されているという。自分ではちゃんと歩けると思っていても、かなりふらついていて、万一転んだら取り返しがつかないからだという。
筆記具と封筒が欲しいというので、病院の前にある文具店でかって届けてやってから、薮本さんの車で帰宅。夕食を共にした。

食事中は、日曜日にテナントの王欄嬢のご両親から聞いた話が話題。
万里の長城は北京に司令塔(大本営)があり、500メートルおきに見張り場があり、敵が攻めてくると火をたいて煙で合図したとか・・・
皇帝の墓は地下の宮殿で、伴葬に500人の子供が生きたまま埋められたとか、その埋め方とか、その仕掛けとか・・・
建造物は巨大な石で出来ているが、その石は、70キロメートルの運河を凍らせて、その上を滑らせて運んできたとか・・・
円形の塀で囲んだ大きなスぺースがあって、壁の近くで小さい声で話すと、遠く離れた壁際に居る人にはっきり聞こえる遺跡とか・・・
手を打つと、3回だけこだまするスペースだとか・・・
コインがくっつく壁だとか、科学的に解明しても全ては判らず謎が残る遺跡が、北京には沢山あるという。ピラミッドが謎を沢山残しているように・・・

10月20日、日曜日は、午前中、その王欄嬢のご両親が帰られたあと、3時から殺陣の稽古。徒歩通勤の効果か身体の動きがなめらかに感じる。この日はそれほど体調が良くはなかったが、動きが柔らかいと師匠からお褒めのことば。
稽古の後は例の通り反省会。ジャガイモ、サトイモ、サツマイモの3芋パーティだ。ほかにはイカの丸煮と水なのサラダだけ。これが大好評。
野崎師匠が夜眠ず4回も目が覚めるという。ローヤルゼリーを勧められて飲み始めてからだというので、みんなで飲むのをやめるよう勧めた。いろいろ話していくうちに、彼女の真面目さがストレスを生んでいるようでもある。
そこで柳沢氏が癌はストレスでも起きると、新潮45に執筆された「世界がん治療地図」という小論をみせて下さった。
西洋医学が主流である我々の常識以外に、さまざまな療法や医療があり、ホロニックな西洋医学とならんでホリスティックな医療分野が代替医療として注目されていると論じられている。
ドイツのゲルソンは末期癌も食餌療法で治ると主張し、アメリカ上院は補助金を出すことを決定したが、アメリカ癌学会の反対で実現しなかったということは以前に柳沢氏から伺ったことがある。この事に対してノーベル化学賞のライナス・ポーリングは「癌治療の進歩にとって最も残念なできごとだった」と述べたという。
同論の中には、発ガンや転移についての最先端の理論についても解説があり、非常に興味深い。
2002年10月22日 08時42分22秒
葬儀屋さんじゃぁなくて良かったこと。
美延から、手術の前日(15日)、携帯MAILが来た。

シャワー室に向かいましょうと トッテントッテン歩いていると
「菊地さん…ソウギヤサンが来るからちょっと待ってて!」
ソウギヤサン・・・?・・・?
えっ ソウギヤサン?・・・?
病室に戻りし、ばしの沈黙・・・
そうぎやさん?ウーン・・・明日の手術ってそんなに難しいのォ〜
そんな覚悟が必要なんだぁ〜と、お尻の穴を引き締めて、待っててと言うから待ってました。
そこへなにやらビニール袋を持った男が登場!
“きくちさん…ソウグヤです 首周りその他の寸法をはかりに来ましたぁ”
よかったよかった葬儀屋さんではなく、装具屋さんだった・・・おしまい。
2002年10月18日 20時48分59秒
美延・順調。
10月18日。6時半頃、病院に美延を見舞う。和子と藪本さんが先着。美延は夕食中だった。食べにくそうなので、また食べさせてやった。
今日もぺろっと食べてしまった。顔色がよい。元気だ。少し太ったかな。病人と言っても、頸椎の手術をしただけだから、他はいたって元気なのだろう。食後はミカン1つと、昨日冷蔵庫にしまってきたパイナップルを平らげてしまった。
昨日は食べ過ぎて胃が痛くなり、胃薬をもらったそうだ。
食器を下げに来た看護婦さんが実に面白い。吉本風の軽快なお喋り。笑うと痛いと言えば「腹筋が鍛えらなくちゃね」と言う具合。病室のみんなが大笑い。彼女、商売替えをした方がいいかもね・・・
帰りは、藪本さんの車で。
2002年10月18日 20時29分13秒
手術が無事に終わった
また、日記が日に追い越されてしまった。
10月15日、美延の手術の前日、執刀医から手術についての説明があった。6時に病院に着いたが、肝心の康夫くんが未着。しばらく待つって6時5分過ぎに到着。説明待ちだった他の患者の説明が始まってしまったので30分ほど待たされる。
症状、手術の方法の説明を聞く。手術の方法としては、喉のほうから開いてヘルニアの骨の出っ張りを削る方法と、後頭部を開いて頸椎を広げる方法があるが、美延の場合は後者・後頭部から3番〜7番の頸椎を広げる方法だたいう。一部神経が傷ついているので、手術をしても痺れが完全にとれることはないという。中枢神経は、快復することはないそうだ。進行をストップすることになる。
感染症など、危険についても説明があった。
10月16日。朝9時に手術室に入るので、8時半頃病室に行ってみると、予備麻酔が終わったところだった。
意識はしっかりしていて、普通に話が出来、妹に手紙を書いたから、投函してくれと頼まれる。しばらくすると、いびきをかいて寝てしまった。
予定とおり9時に手術室に入った。手術が終わって病室に帰ってくるのは3時頃になると言うので、一旦会社に戻って待つことにした。
3時少し前に病室に行ってみると、看護婦が「無事に終わって、いま迎えに行っているところです」というので、ロビーに座って本を読んでいるうちに居眠りをしてしまった。
3時半頃病室を覗いてみると、すでに帰ってきている。眠っているので再びロビーにもどる。4時半ころ和子が来た。無事終わった旨伝える。
康夫くんに連絡をとると、こちらに向かっているが、いま村山あたりだというので、一時間半くらいかかりそうだ。われわれは引き上げることにした。6時半頃だったか?
康夫くんには、無事終わっておめでとう、帰りに寄ってくださいとメモを残して帰った。
10月17日。5時半頃、病室へ行ってみると、和子が来ていたが、この日は7時から古典四重奏団の試演会があるので、入れ替わるようにして帰宅。
しばらくすると夕食。独りで寝返りが打てないので、看護士にたのんで、食事の方を向けてもらい、箸やフォークで食べさせてやった。よく食べる。おかずは全部たべてしまった。ご飯は食べやすいようにオニギリにしてある。これは手で持って食べられる。オニギリを一つ残したが「食べ過ぎて、胃が痛い」と言い出した。お昼は、パンで、自分で全部食べられたそうだ。
一定方向を向いて寝ているためだろうが、足や背中が痛いというので、上になっている方の足を揉んでやると、いい気持ちだと言う。傷口はそれほど痛くないが、体中が凝ったように痛いのが辛いらしい。
サンタのところに行っている雄馬くん。好調で、餃子やソーセージを食べて元気だそうだよと話してやる。
きょうは、康夫くんは来ない。
ノーベル賞
ノーベル賞に湧いている。笑っちゃうフィーバーぶりもある。軒並み続落する株価のなかで、ひとり島津製作所だけが20%急騰したが、その理由が田中さんのノーベル賞受賞だそうだ。
ノーベル賞の対象になった特許をとった時、田中さんが手にした報償金は、担当上司とあわせて1万円だったそうだ。
ちょっと検索してみたら、あるわあるわ、とても片手間には読めない。
ノーベル賞100年というページをみつけた。
1900〜1945年の物理・化学・医学分野のノーベル賞受賞者は141人、1946年〜2000年に同じく329人。
45年までの受賞者は、圧倒的にドイツが多く(26%)、続いてイギリス(18%)、アメリカ(13%)、フランス(11%)、ここには日本は顔を出していない。
1946年〜2000年では、同じく総受賞者数329名。受賞者数ではアメリカの一人勝ち(55%)、続いてイギリス(12%)、ドイツ(8%)、フランス(3%)。日本は6名(2%弱)。
日本は1949年、湯川秀樹さんの物理学賞が最初で、以後物理化学医学分野の9人に文学賞(2人)平和賞(1人)を加えるとケイ計12名である(2000年以降は除く)。
ここでもアメリカの一人勝ちが顕著で、日本は急に台頭し「頑張っているぞ」というところだ。
いずれにしても、暗いニュースばかりの中に、一点、明るいニュースで踊れるのはよいことだ。
しかし、これから手を変え品をかえ類型的な関連番組がテレビタイムを埋め尽くすだろうことは、今から目に見えて、嫌な感じになる。
2002年10月11日 13時47分28秒
旬記?
10月11日(金)。日記が週記どころか旬記になってしまった。昨日きょうとスカットした秋晴れ、さぼっていた徒歩通勤も復活。週はじめに風邪っぽかったがそれもなんとか納まった。
娘の手術は16日に決まり、またしばらくの間、入院が続く。手術前、いろいろと落ち込んで、下記のようなMAILがきた。きょうは、夜、雄馬くんくる。美延は外泊許可がとれているので、ご対面の予定である。
病院では消灯が早いので 11時とか11半とかで もう夜更かしの部類に入ります 夕べは今日になるまでテレビを見てたので 超夜更かしです.。

眠れないから見てたのか 見たいから眠らなかったのか 時間と よからぬ事やくだらない事が思考を占領する頭のごまかし作戦をやったわけです。

おかげで今朝はテレビがつきません。度数切れです。おまけに1000円札切れときたぁ
朝食は大好物の杏ジャムと、缶詰のパイナップルがでました。

柳沢さんに時々頂くアンズジャムを思い出しました。カットパイナップルも柳沢さんに買ってきて頂いた事があり、頭が痛くてゲェ〜ゲェ〜やってうなっている時に、ママが頼んでくれたのでしょう。

また頭を丸める事になるのかぁ〜。数々のウンザリモードに大きく輪をかけて…ウンザリ小僧が頭の中で運動会やら大喧嘩やらをおっぱじめそうです。

2002年10月11日 12時33分41秒