酔 い日は・良い日・の 日記(2001年11月)

素晴らしい議論

11月最終日。春のように暖かい。

昨日は玉川展の打ち上げ。玉川氏同窓の真島さん、森津さん、舞藝舎の芦野さん、おなじみの柴さんが会場に集まり酒盛り。玉川さんがお持ちになった新鮮なイワシがメイン。大変好評だった。

真島さんが、山起こしというお祭りの話しをされ、それについ美術談義が始まり玉川さんと論戦が戦わされた。山越しの書き割りと祭りのエネルギーは絵画を超えるということ。それに対して、パワーの質が違うと反論。

そこに歌舞伎の伝統とその成り立ちが絡み合って、素晴らしい議論の場になった。逐一解説をしたら大書になるほどの内容だ。

かくして我が11月の酔い日は素晴らしい幕引きだった。社会情勢は、日本の国が1ランク格下げされたり、株が下落したり、国債の暴落が囁かれたい、明るいニュースはなかった。

玉川展は今日30日で終わり、夜は明日の(12/1)猫三味線のステージ作り。小松氏、RIYOさんが手伝いに来てくれることになっている。

2001年11月30日 12時53分16秒

11月が終わる!

11月もあと2日。今年もあと一ヶ月で終わる。21世紀の初年度が終わる。

古い日記の12月、11月を開いてみた。別にこれといった変わりがあるわけではないが、自分の興味が激しく変わっているのに気づく。変わっていると言うより、何を思いついてやりだしてもも長続きしていないことが判る。

我が家のがらくたを見直して写真を撮ってみたり、一手料理のレシピを書き留めたり、その時々、いろんな事を思いつくものだと我ながらあきれる。古い日記からは想い出が出てくる。

そんなものは他人さまにはなんの興味もないだろう。だが書きとめていなかったら、自分も忘れ去ってしまい、思い出すこともないだろう。

コア石響での催事も、ランダムに書いているだけで、編集すれば記録集になるというものでもないが、それなりに面白い。その時のことが鮮やかによみがえる。

こうして12月も、来年も、日記を書き続けるだろう。少しまともな事を書きたいが、その力量は無いな。

2001年11月28日 18時25分15秒

Yae Liveを聴く

27日。青山円形劇場。家人とSさんの3人。VOICE SUPREME 01とある。

三人の感想は、歌よりバンドの良さに話題が集中した。コントラバスの沢田穣治、ギターの鬼怒無月、パーカッションの岡部洋一、ピアノの高島正明、コーラスのShibarie。素晴らしい演奏だ。

Yaeさんはこれから伸びるかも知れないが、声帯をこするような声の質は私好みではない。声量が無い。途中で振りというか踊りが入るが、鍛え抜かれた躯の踊りではないので、途中で息切れしてマイクにかじりつくような歌い方になって見苦しい。スタイリストも振り付けも駄目だ。一緒にみた二人も同意見のようだった。

強力なプロデュースの力で円形劇場はほぼ満席だったし、トキコ事務所が応援したり、支えるパワーに乗れる実力ではない。前の客席にいた若い男性客も、「CDを聴いたらまあまあだったけどな、これから良くなるのかな?」。ライヴよりCDの方が良かったということらしい。

コーラスのShibarieさんは素晴らしかった。この方のライヴがあったら是非聴いてみたい。

2001年11月28日 15時26分09秒

ヤバイ電話番号-3

娘の携帯電話からMAILが入っていた。どうやら被害にあっていないようだ。



いま テレビでニュースを見ました 重大視されてないのか アナウンサーがにこやかに
“みなさん、気をつけましょう”
といっただけでしたが 請求書が送られてきてしまいそうな人は大勢いるのかねぇ。
大人じゃなくて 子供たちに被害があるとやだね 勿論大人も子供も大変だけど とにかく高額のわけのわかんない請求書なんてくそくらえぇ!


請求書が来たら無視してはまずい。必ず警察に届ける必要があると思う。昨日、消費者センターで聞いたパソコンでの被害は、請求書を放って置いてかなり時間がたってから取り立てに来たという。そのことが気になる。請求書を受け取って、払わなかったことになるし、当時の記憶も薄れてしまっているので、非常に不利な立場に立たされるだろう。請求がきたらとにかく警察に届け、不当な請求であることを証明しておかなければならない。

2001年11月28日 13時05分21秒

ヤバイ電話番号-2

息子が夜、公衆電話から当該の番号にかたっぱしからダイアルしてみたら、すべてQ2のエロ番組で、内容はそれぞれ違うそうだ。

すべて番組の内容が違うと言うことは、その中にほんとうに高額の請求をする所があるのかも知れない。全くないのかも知れない。全部が同じ仕組みで動いているとは思えない。

いやIT時代とはいとも簡単にこんなことが出来るのかもしれない。一瞬にして何千万人もに配信すれば、なかには引っかかる者があるだろう。知らずに巻き込まれる。判っていてもうっかり引っかかる。こんなうっかり者が1万人に一人いても何千人もが被害者になる計算になる。

考えてみると、今回の手口は人の心理をよく利用していると思う。ワンギリでベルが切れてしまう。受信者はとっさにリダイヤルしてしまう。私がそうだった。

消費者センターに問い合わせたら、昨日、今日、同じ内容の問い合わせが非常に多いという。

これが、噂なのか本当なのか判らないが、万一請求書が来たら、警察に届ける事。と、相談窓口(電話口)の女性の弁。請求が来て困ったという問い合わせは今のところ1件も無いらしい。

携帯電話ではないが、インターネットで似たような手口が北九州に1件あって、かなり時間を置いてから代金取り立て業者(暴力団?)が来たという。

なお、このことが今日のニュースで取り上げられていたたという(自分が聞いたわけではないので内容は不明)

2001年11月27日 12時59分02秒

やばい携帯電話番

会社のK嬢から忠告のMAILが来た。携帯にワンギリ(一度ベルを鳴らせて切る)のコールがあり、これにリダイヤルするとQ2のように怪しげなメッセージが流れる。そして10万円位の請求が送られてくるのだそうだ。

これに引っかかった!そのあと上記のMAILを読んで念のため確認したら、下記の赤字の番号だった。やばい!やられた!そう騒いでいたらI君も知らずにリダイヤルしたことがあると言う。暴力団が絡んでいるらしいというが、果たして請求が来るだろうか?

いずれにしても携帯電話は物騒な器機になってきた。迷惑電話より数倍危険だ。実害をまき散らす。

下記がヤバイ番号だから、絶対にリダイヤルをしてはならないという。記録に残った番号をいちいち引き合わせなければならないとすると、電話はかぎられた少数の人との連絡にしか使えないことになる。世の中便利になると、悪事にとっても便利な道具になる。こわいよぉ!!

早速、家人や娘にMAILを転送した。手遅れかも知れないナ。

06-6301-1999 052-733-1551 052-733-1288 052-733-8488 06-6301-7778
052-735-7300 03-3793-7552 03-5724-2929 03-3551-4330 03-3444-6555
03-5679-7844 03-5679-7848 03-3446-4567 03-3446-0990 03-5420-4466
03-5340-8877 03-5340-9330 0534-27-3172 03-5340-9381 03-5340-9382
03-3448-4760 03-3280-7660 03-3851-4141 03-3227-2828 03-5391-7600
03-3984-6761 03-3444-6710 03-5348-4441 03-3355-7550 06-4968-3114
03-5423-2570 06-6300-0702

2001年11月26日 17時58分41秒

玉川展始まる

先週は良い週だった。藤原さんのインスタレーションのあと、玉川秀彦さんの油絵展。22日搬入・設営、23日〜29日が会期である。

絵を何度も見に行った。透明な空気感、緑の光、煙るような靄。玉川さんのいつもの画風は見るモノをほっとさせてくれる。今回は別役実氏の妖怪辞典の挿し絵3点も飾られた。小さな絵だが、大層訴求力があり面白かった。本に印刷された絵は以前拝見したが、原画は初めてだ。他に子供のための動物や昆虫の細密画もスクラップを持参されていたが、玉川さんがこんな絵をお描きになるとは思っていなかった。

24日には柳沢夫妻がみえた。夜10時まで飲みながらいろいろな話で盛り上がった。テロの話し、民族間の争いなどからインスタレーションと絵画の違いなど、時間の経つのを忘れて話し続けた。気がついてみると10時。明日が早いからとみなさん早々に引き上げて行かれた。

23日には玉川さんの高校の先生だった歴史学者が、孟宗竹に仏像を刻んだ作品をもって来られた。直径15センチほどの孟宗だけ一節を半分に割り、そこにご自分で作られたノミで繊細な線で仏画を彫ってある。岐阜の山奥に住んでいるとおっしゃる。玉川さんにデッサンや構図を指導してもらうために持参したとのこと。我々が拝見する限り完成された立派な出来だと思うが、ご本人はまだまだ納得いかない所ばかりだそうだ。

70歳前半のこの先生、息子さんの赤いシャツを着て村を歩いていたら、数キロ先に住むおばあさんが、年を考えずに赤いシャツなど着るモノではないと注意に来たという。山奥の村にはいまでも昔からの風習が根強く残り、よそ者を受け入れない。先生はその土地の生まれだが、奥様はよそ者。苦労されているようだ。

この村でもご他聞に漏れず真剣に村おこしを考えている。その会議に先生はアフガニスタンの孤児を引き取って期間限定で預かれば一躍脚光を浴びるであろうと提案したが、賛否両論けんけんがくがくの議論の末、村長の「そんなことはとんでもない話だ」という一声でつぶれてしまったそうだ。提案も奇抜だが、山村にはとても受け入れることは出来ないことだと言うことはよく分かる。

翌日、柳沢さんのお話では、人と人の関係は、日本の都会人(日本の平均的)の考え方は特殊だそうだ。アメリカに移り住まれた時、アメリカ人から教えられたことは、車の事故に巻き込まれないことだった。事故車を見ても絶対に親切心を起こすな。怪我をしている人を見ても助けようと思うな。中には事故や怪我を装って、近づくモノをかもにする輩がいるからだという。事実、道路でエンストしても誰も助けに来てくれないそうだ。冬は氷点下15度にもなるから、凍死してしまうので、自営のため車で移動するときは携帯電話を持って行くことにしたそうだ。イヤな話だが、お人好しだけで世の中は渡って行けないと言うことだ。

2001年11月26日 11時14分02秒

第二の狂牛病

イギリスにサイレントブランド肉食加工工場が40もあって、東南アジア経由で世界に出荷されているという。日本で焼き肉屋が急に増えたのは、1キロ100円くらいの安い牛肉がこういうルートで入ってきたからだとも言う。

また、21世紀には数百万人が狂牛病(ヤコブ病?)で死ぬと言われているという恐ろしい話しもある。

日本だけがいくらがんばっても、ざるの目から水が漏る。我々は危険の土砂降りの中にいる。

構造改革くらいではこの危険から逃れるわけにはいかないだろう。人類のモラルが人類を滅ぼす。草食獣に肉食(肉骨粉)強いる奢れる人類に対する自然の摂理の反逆だ。科学技術と自然とのアンバランスの帰結なのではないか?

私は怒る。だが何に対して怒って良いのかわからない。問題が難しすぎる。本質がわからない。救世主の出現を待つしかないのだろうか。牛肉を喰わなければ良いという問題だけではないような気がする。

もうひとつ。5歳の牛が発症しやすいという。潜伏期間が5年とか8年とか報じられている。潜伏期間があると言うことは、発症していなくても、検疫で発見できなくても、病原菌(プリオン?)は牛の体内にあるのではないですか?

その牛を喰って安全なのか?そんな解説は誰からも聞いたことがない。マスコミも私と同程度のぼんくらだ。誰にも本当のことは判らないでただ恐怖に包まれているだけだ。数百万人が死ぬという言うのは本当かも知れない。

2001年11月22日 16時18分53秒

ディナーショウ

知人から仕事の関係で三輪明宏のディナーショウにつきあってくれと誘われた。お一人様34,000円。日常の昼飯代の2ヶ月分を上回る金額だ。三輪さんは好きではないし、即座にお断りした。

そして今日、通勤の地下鉄の車内吊り広告が出ていた。昔はこの時期になると各ホテルのディナーショウの広告がたくさん出ていたことを思い出し、探してみたが目の届く範囲にはない。景気が悪くディナーショウどころではないのだろう。ディナーショウ華やかなりしころは6〜7万円はデラックス、5万円はざらで、3万円台は大衆価格だったように記憶する。

早速ホームページで検索してみたが出てこない。各ホテルともなりを潜めているようだ。

明日から3連休。アメリカも感謝祭で3連休。朝のニュース。アメリカでは、この休みに旅行をする習慣があるが、今年はテロのあおりで旅行をする人が20%減。飛行機の利用は激減し、代わりにレンタカーは100%の好況、列車は満席超えているのだそうだ。それにしても、景気が悪いというのに旅の人気は衰えないようだ。景気のてこ入れに少しは役にたつのかもしれない。

2001年11月22日 10時54分13秒

濃いから高い。

ビタミンのドリンク剤は、それほど健康をサポートするものではないようだ。

今朝は薬局でアリナミン7を買い、温厚そうな店主に聞いてみた。この種のドリンクは極端に疲れたと言うときには効きめが判るが、普通の時にはさほど変わることはないという。副作用は、人によって便が軟らかくなることがある程度。ようするに、ちょっと疲れた程度では効き目は判らないそうだ。

140円の大きい瓶と、小さい500円との違いは、アリナミンの単位が違う、ようするに濃いから高いのだそうだ。なあんだ、そうか。

2001年11月21日 17時01分28秒

美術ってなんだ?

英国に1年間遊んで帰国された彫刻家が藤原展を観に来られた。私は会えなくて残念だったが、家人がほんの短い立ち話で面白い話を聞いたと話してくれたことを元に、自分なりに考えることを書いておく。

「美術は滅びる」という。

今のアートに特異なものはなく、日常性に焦点が合っているという。誰でも持っている、どこにでもある、部屋の片隅に転がっているようなモノがモチーフとして脚光を浴びている。

絵も、彫刻も、写真も、すべて日常性の中にモチーフを求め、何でもない日常の中に生きている我々にそれを提示することで、我々はこういうことなのだと呼びかける。それが注目される。言われてみればその通りだ。人はなぜそれに惹かれるのだろう。判らない。

時代である。今という時代は、科学・技術が急速に進展し、人の感性や思考を超えている。生身の人間が科学技術に追いつかない。人が絵筆を持ったり、彫ったりすることより、機械やデジタル画像の操作から生まれる形や映像に豊かな創造性を見いだすことが出来ではないか。

かくして人は考えること、創造の手を動かすことをあきらめてしまっても、そこにもここにも素晴らしい作品に充ちている。それを提示することで作品になる。良否・善悪の問題ではなく、今はそういう時代なのだ。科学・技術が芸術の価値観を変えてしまったのだろうか?そうだとすれば、今までの美術は既に滅びているのだろう。

そうではない。あたらしい技術が新しい芸術を生み出しのだ。新しい物差しでモノを見れば新しい世界が見えるのだろうか。「世の中が変わる前に、自分を変えよう」とう日本経済新聞のキャッチフレーズは言い得て妙である。芸術とは何かがわからなければ語ることの出来ないテーマで、堂々巡りをするだけになって来た・・・

こんなことを勝手に考えているうち、この彫刻家を招いてお話を聞く会を持ちたいと考え始めた。この方は大変説得力のある、判りやすい話をして下さるので、同好の方々を招いて酒でも酌み交わしながら集まれたら素晴らしい。

2001年11月21日 11時31分49秒

効くかなぁ?

最近朝起きた時どうも頭がふらつくような気がするので(昼になれば治る)、通勤途上、ドラッグストアに寄ってアリナミンのドリンクを1本ずつ飲んでみることにした。

いままでこの手のモノを飲んだことがないので、いろいろある瓶の効能が判らない。大きな瓶が170円で小さな瓶が500円。高い方が効くのだろうと思うが、どうせ気休めだからと安い方にしている。

ところで、この瓶に書かれている使用上の注意を読んでその曖昧さにビックリした。「本剤をしばらく服用しても症状の改善が見られない場合には、服用を中止すること」とある。

症状の改善とは自覚症状のことだろうからこれで良いが、「しばらく服用しても」がどのくらいの期間なのかわからない。続けて飲むと副作用があるのか、続けても効果がないから無駄だというのか。

どうせ気休めだと思って飲んでいるのだから目くじらをたてる必要もないが、もし、副作用があるのなら困るよ。

効いたかって?効かないからこんなことを書いているのだ。それに、しばらく服用を続けたわけでもないしね。

2001年11月20日 16時54分59秒

古典四重奏団ニュース

古典四重奏団からこれからの演奏会のNewsが届いた。詳細はここから

2001年11月20日 15時05分16秒

屋上コーナー新設

朝日新聞に屋上の記事が乗ったのを契機に、ホームページに「屋上コーナー」を作った。

記事を見た人が、会期を過ぎても見に来るだろうが、お断りしよう。屋上の様子を折に触れて紹介し、これを見ていただくことで勘弁して欲しい。

2001年11月20日 14時43分22秒

わかる、わからない

藤原さんのインスタレーションを見て、これは何を意味しているかというようなことを大勢の方から聞かれた。説明は出来ない。だが、この作品を見て、力づいたという人、気持ちが落ち着いたとか、何かを触発されたという方も多かった。

世の中、すべて判って、常識という尺度で測れなければ「わかった」ことにはならないが、すべてが判ってしまう世界があったとしたら、無味乾燥で何の面白みもない。

藤原さんの脳が働き、心が動くその特異性が作品という形で発表されているのだから、判るわけがないのだ。そこに新しいモノを見た感動があれば、これらの作品は価値がある。自分とのギャップ、思いもよらない形や空間に自分を置いたときの驚きは誰にもあるはずである。そんな空間をモノトーンに近いペインティングで空間を構成した世界は、いまここにあるが、他には同じモノはない。何も語らない。そして会期が終われば多分永遠に再現されることはないだろう。

説明できる世界ではない。ただ、一人の作家がここを創った。それだけのことである。そこに身を置いた人がこの空間を、過去に創られてきた価値観で説明出来なければ価値を見いだせないとしたら、その人には全く価値のない作品である。

判ろうとする必要はないのではないか。判らない人が劣っているわけではない。しかし新しいモノはいつも判らないということだけは判ってくれれば良い。この空間や新しい試みがやがて普遍性を持ったとすれば、その時、多くの人々が「判った!」「素晴らしい!」と叫ぶに違いない。

2001年11月20日 14時37分05秒

矢のような数日が過ぎた

あっという間の一週間だった。

12日、ブータンの音楽家とライヴのあとの飲み会、同夜藤原さんの搬入。

13日は砂漠の国の料理に阿部さんが腕を振るい、楽しい夕食になった。ホールで音あわせにこられた鈴木さんも顔を出された。
この日、名古屋の山田おじさんが85歳で亡くなり、14,15日がお葬式になった。

14日は虎ノ門病院へ検査の結果を聞きに行ったが、異常なしでまずはおめでとう!次の検査は1月27日。三カ月ごとの検査だ。和子が山田さんのお通夜に母を連れて行くので、留守番のため会社は休み。帰宅すると名古屋行きの準備はほぼ終わっていたが切符が買って無いというので再び四谷駅へ行って1時40分の「ひかり」を2枚買い、それを持って出発。公園あたりで母の足がおぼつかないので四谷駅までの200メートルくらいをタクシーに乗ったという。

夜、鈴木理恵子さんと港大尋さんがリハ。

15日は、山田叔父さんの告別式のため、名古屋へ8時の「のぞみ」。目が醒めたら6時55分。寝坊だ。息子たち、すなわち我が従兄弟たち3人は各会社で取締役になっているので、その関係の弔問客を含め、たいそう大きなお葬式だった。
叔父は名古屋の東邦ガスから水島ガスの社長となり、社業を躍進させた功績と面倒見の良い人柄をしのんでの焼香があとを断たない。
正午出棺。中天にある日輪がお寺の境内の真っ赤に紅葉した桜の葉を燃え立たせるように照らしていたのが印象的だった。
火葬場まで行ってお骨を拾ったが、東京とは異なり、お骨は頭部の骨だけを骨壺に納めるだけ。残りの大部分はたぶん捨ててしまうのだろう。大阪も同じだと後で聞いた。
この日、夜はコア石響でライヴなので、初七日には列席せずに帰途についた。

5時頃帰宅。ヴィデオの準備をして会場で待機。
鈴木理恵子、西陽子、港大尋と新鋭のアーティストの演奏会が始まる。藤原さんのドローイング・インスタレーションの中で、初めテレマンのヴァイオリン曲。次第に現代音楽のジャンルの異なる楽器でのセッションへと進む。すごい演奏だった。現代音楽をこれほど親しみをもって聞いたのは初めてだった。演奏後聞くと演奏家も初めての試みだったが、素晴らしい響きで気持ちよく演奏できたとご満悦の様子。まずは大成功といえるだろう。琴とヴァイオリンの曲を作曲された中川さんもいらした。マリンバの吉岡さんもいらした。客は薄かったが、中身の濃い素晴らしいライヴになった。
お客がはけてから軽く打ち上げ。だがみなさん盛り上がって12時近くまでの宴になった。

16日。酒天牛くんが会社近くまで来るというので待機してお茶を飲み、税務署の年末調整説明会に顔を出し、有楽町の定期券センターで通勤定期6人分を受け取って帰宅。

17日は忠広くんの結婚式。立川のルーデンスで11時から。キリスト教による挙式。住宅展示場の中にあるこぢんまりした式場だ。ガーデンをうまく使った披露宴の進行は斬新だったが、式の運び方は事務的だった。何より「お嫁さんは、家を守り、内助の功を果たす」みたいな時代錯誤の司会はいただけなかったね。

18日。かねて取材の話があった朝日新聞にコア石響と屋上の記事が載った(朝刊・都心版)。記事を読んだ人が午後から30人ほど足を運ばれた。穏やかな秋晴れの中、屋上は一際晴れやかなプレゼンテーションを演じた。

その夜、藤田洵三さんのサキソフォンライヴ。30分ほどのミニライヴだが、ドローイング・インスタレーションにとけ込むように響く演奏は贅沢なひとときを満喫できた。

演奏後、関係者一同あい寄り打ち上げ。藤田さんの1歳半になる女の子モモちゃんと仲良しになれた。

藤原さんの展示は19日で終わる。名残惜しいが、またやって欲しいと思う(来年はイギリス留学のためコア石響での展示は出来ない)。

いま電話で問い合わせたら、今日も屋上見学に50人ほど押し掛けたらしい。こんな具合にここ数日が矢のように過ぎた。

2001年11月19日 18時05分35秒

砂漠の国の料理

11月13日・火曜日

ラクダで1ヶ月間のタクラマカン砂漠の旅から帰った阿部さんが腕を振るって作るあちらの料理を楽しむ会。お客はわれわれを含めて7人。この会は今日で確か3回目。

今回も現地にしかない貴重なスパイスが利いた料理だ。羊の肉と野菜。ちょっぴりエキゾチックな素敵な味だ。何回食べても旨い。

この日、15日にコア石響で演奏する鈴木さんが途中で加わり舌鼓。おいしいと言ってお代わりして召し上がったのが猫耳麺。我々にはお馴染みだが鈴木さんはこれが大層お気に召したようだった。舞台の演奏姿しか知らない私にとって、こんなくつろいだ鈴木さんにお会いしたのは初めてだ。この日もこの後音合わせとかで時間が無く早々に引き上げられたのがちょっと残念、もう少しお話したかった。

2001年11月14日 16時48分32秒

櫻井さん、ありがとう!

11月12日・月曜日

櫻井さんの語りの会。ブータンのミュージシャン、ジグミ・ドゥールックパさんの歌と楽器演奏が聴けた。

櫻井さんの語りは、例によってソフトな心なごむ語り口を安心して楽しんだ。「牛飼いの恋」「シン・シン・ラモと月」「二匹の大蛇」の三話。ブータンの民話だという。

ジグミさんの演じるブータンの音楽は、はじめて聴くにもかかわらず、どこかなつかしい、心の隅々にしみこみ邪悪なわだかまりを追い出してくれるような音楽だ。声明のようでもあり、演歌のようでもあり、お経のようでもあり、いずれにしても日本人に馴染んだ音階である。

素晴らしい語りと、初めて聴く素敵な音楽をプレゼントして下さった櫻井さんに感謝!

終わってから、かるく打ち上げをと言うのでビールで乾杯!ジグミさんも今日の演奏には大変満足されていたようだった。

演奏や弾き語りの伴奏に使われたドゥラニエンというギターのような弦楽器も初めてみた。七絃が七人の妖精で、共鳴板に張ってある山羊の皮には「水」を表す画、棹との境目にやや丸い部分が世界を表し、棹には神を表す画が描かれている。頭の部分には水龍が彫られてあるが、これは良い音を聞いて集まってくる魔物を追い払うために配されているのだそうだ。弦はマンドリンのように二本対で張ってあった。

ピピという細く小さな笛。細い竹を削って4っつ穴があいている。吹き口は斜に切り口を入れ、それが弁になっている。小さいのに大きく豊かな音がでる。お坊さんが笛を吹く息使いを練習するために使うのだそうだ。

口琴。銅や銀で自分で作るそうで、今日演奏したものもジグミさんのお手製だそうだ。この楽器は世界至る所にあるようだ。この日お手伝いにきてくれたRIYOさんも、以前口琴を使った芝居の時から病みつきになっていつも持ち歩いているそうだ。彼女の持っているモノはヴェトナム製。

ジグミさんは口琴を演奏しながら歌を歌う。この演奏が出来る人はあまりないだろうとRIYOさん。口琴のコンクールでも、非常に優れた演奏家が集まるが、弾き語りをしたのはジグミさんだけだったそうである。

短いけれど充実した一時だった。

2001年11月14日 16時46分35秒

見えねーぞ

会社のiMacに640mbのMODRIVEをつけた。はがき大にコンパクトにまとまっているのはいいが、使い始めて気がついたが、電源の表示ランプが丸く凸レンズのようになっていて点灯しているのかどうかが非常に判りにくい。席が窓際なので消えていても外の明かりを拾って点灯しているように見える。早くも初日につけっぱなしにしてしまった。駄目だ。窓際族には使わせない気ならいざ知らず・・・
(OLYMPUS mini640MO)

2001年11月12日 15時39分23秒

自衛艦出動

2−3日前、日本からインド洋に向けて自衛艦が出発したというニュースが大見出しで報じられていた。

自衛艦って軍艦だよ。観光船じゃぁないんだよ。軍艦の行動をあんなに大ぴらに報道しては、途中でやっつけてくれと言っているようなモノだと思うけど、大丈夫なのかね。こういうのを平和ボケって言うんだろうと思って大見出しを眺めた。

2001年11月12日 15時11分34秒

?この後がなぜか消えてしまった。残っているデータを継ぎ足したが失われたモノが10日分ある。何を書いたか全く覚えていない。
昭和16年12月 9日 大坂毎日新聞  11月11日。殺陣の稽古が4時から。前回の稽古日に近かったので、全員体の動きがよく、10手ほどの立ち回りをこなすことが出来た。

稽古の後、反省会。

その席に師匠が左の新聞のマイクロフィルムのプリントを見せてくださった。早速コピーした。残念ながらきれいに撮れなかったが見出しはハッキリ写った。太平洋戦争が始まった日、大戦の詔勅が載っている。電光石火各国を占領していく記事が読める。事情の如何を問わず、これはまさしくテロだ。記事の見出しを後で拾ってみよう・・・
昭和17年 1月 1日 大坂毎日新聞
昭和17年 1月 8日 大坂毎日新聞
昭和17年 2月16日 大坂毎日新聞
昭和17年 2月20日 大坂毎日新聞
昭和17年 5月 8日 大坂毎日新聞
昭和18年 8月 2日 朝日新聞
昭和18年11月10日 朝日新聞
昭和18年11月30日 朝日新聞