酔い日は 良い日の 日記

4月のはじまりぃ!

 次女美延の結婚式のため延期した法事で11時青山墓地に集合。墓参のあと、皇家飯店で昼食。2〜3日寒い日が続いたので花見客で混むことを予想していたが、案に相違して人出はは少なく、昼食も久しぶりにゆっくりとれた。

 帰りは外苑の中を歩いて花見。デジカメしながらの散歩をした。あちらこちらに桜の花をカメラに収める人がいたが、ここも人出は少ない。

 よく晴れ、風もなく、よい一日だった。

2001年04月01日 19時53分15秒

3月が終わった

 21世紀の初めの年も第一四半期が終わった。世界的に混迷を極めている。

 30日は田中さんの薦めで「二人のふえ」を新宿オペラシティーの近江楽堂で聞いた。めったに聞く機会のないバッハまでの古楽で、演奏に使っている楽器も木管フルート。田中さんとフィンランドのヤリ・ブハッカさん、加久間さんのチェンバロのトリオ。いずれも鳴らす音楽ではなく、語りかける音楽である。素晴らしい演奏会だった。小さなホールで、かなり早くついたのだが、席が無く、最前列のチェンバロのすぐ前にすわったため、チェンバロの音が大きすぎたが、休憩をはさんで、加久間さんのチェンバロ独奏の後、反響版を閉めたくれたので聞きやすくなった。

 31日は目黒幸子さんが出演するギリシャ劇を観る。劇団キンダースペース第22回公演「ANTIGONE」。シアターx提携公演とある。2000年以上前に書かれた作品だが、原田さんの演出は、シチュエーションを現代にオーバーラップして、人間と社会を多様に描き出し、あたかも現在の民衆と政治を浮き彫りにしているように迫って来るものがあった。

 劇場に行く前、有楽町の国際フォーラムで開かれているNICAFを観た。入り口で川原さんに会う。藤波さんと待ち合わせていると言う。我々は先を急ぐので、お先に。テーマゾーンには金属やガラスで緻密に作られたパネルや球体が置かれ、会場の非人間的な建物を投影し、巨大な空間を圧縮し、観る人間の存在を優位にしているような作品と感じた。その他の小間は画廊がそれぞれ画家の作品を展示しているので、テーマ性はなく、雑然としている感じを受けた。藤波さんの作品はオーソドックスな作風で重みのあるいい作品だった。

 これで3月は終わり。

2001年04月01日 19時43分24秒

兜町 三日も保たぬ 桜かな

 暴騰の後の暴落。
 暴騰は亀井相場だという。官の色濃厚、資金需要の少ないところに資金供給をするというので、とりあえず株が上がった。
 世界の目は冷ややかで、機構改革遅延の隠れ蓑でしかないことが見え見えだと評している。
 円安効果には貢献したかもしれないと日本のアナリストは皮肉る。
 株の暴騰は、一日で暴落。積極買い以外の買いは、売りを意味していると言う記事とおり、売りを浴びて暴落。有史以来、何度もないようなイッテコイで3月の幕は下りた。

2001年03月31日 12時04分21秒

株の勢いが良いけれど・・・

 桜前線が駆け足で登ってくる。株も一気に高くなって来た。
 金融政策「総量緩和」のオペレーションを好感しての上げ相場だが、金廻りが良くなっても景気が良くなるとは限らない。実体の伴わない上げ相場は、桜の花のように「見事散ります・国のため」、また大衆がなけなしの金を失うことにならなければよいが・・・6月までにもう一度大きい下落の局面があるのではないかと指摘するアナリストも多い。

2001年03月26日 19時54分38秒

我楽多

 提灯は南紀へ簡保バスツアーに参加したときの記念に買って帰った。紀三井寺参詣記念。長い階段を登ってお参りした記憶だけが残っている。

 下がっているのは猿の彫り物。我が家担当の銀行マンが転勤したあとご一家で訪ねてこられ、新しい取引先が取り扱っているものだと言って下さった。見ざる・聞かざる・言わざるの3点セット。

 天井のムーンルーフの下にいまも下がっている。もう数年経過して色は飴色に日焼けしているが、はじめは桐のように白く軽い木で出来ていた。南方の民芸品作家に作らせて輸入・販売していたのではないかと思われる。

2001年03月25日 13時31分01秒

殺陣の稽古はお休み

 3月24日。仕事が変わったY嬢が参加できない。Y氏は痛風で見学。Sさんはなぜか現れないということで、稽古はやめてミーティングをやることになった。ミーティングとはビールを飲みながらの話ということに決まっている。
 師匠はお父上が上京されているのでそうそうに帰られた。
 話題はといえば、銀行が両替を自行の客だけに限定したこととか、前日いただいた寺井さんの本の話とか、例によって取り止めなく盛り上がった。
 自行のカードがなければ両替に応じない銀行のやりかたには居合わせた全員が反対だった。そういう銀行は街にある必要はないから、潰すか、どこかえ引っ越して欲しいという意見すら出た。
 寺井さんの本は、20年前に書かれたものだが、いま読んでも新鮮で、贅肉がなく素晴らしい内容だ。造船畠の技術者で、MITで教鞭をとっていらした頃の話がふんだんに盛り込まれていて、難しいことを読みやすく説いておられる。第一章は映画の話だが(まだここまでしか読んでいない)、その造詣の深さにはただ驚嘆するばかりである。視野の広い方である。

2001年03月25日 13時25分59秒

食糧危機

 ヨーロッパ全域に狂牛病蔓延。アメリカでも羊に疫病。全世界に拡がりつつあるようだ。
 肉が食べられなくなると、一体何を食べれば飽食になれた胃袋を充たすことができるのか。神の天誅かどうか知らないが、酔い日のおかずはどうするの?

2001年03月23日 12時56分37秒

頭にきた!!

 19日。新券が必要だったので近くの第一勧銀へ行った。ソーシタラだね「3月から両替は当行ののカードを使って自動両替機でお願いする事になりました」そうだ。
コストが掛かることはやらないというのは分かるが、いままでやっていたことを急にやめられては困るんだ。と言ったら、実施前に半月間、店内でアナウンスを繰り返しましたと来た。
どこかおかしくないですか?冗談じゃないよ、こちとらは、娘の結婚式のために新札が欲しかったんだよ。月に何度も店頭に行く訳じゃないから、そんな放送は聞いてないぜ。
 これは、今のところ第一勧銀だけ(富士も右へならえをしているらしいが、未確認)に収まらず、すべての銀行がそうするのではないかと思う。
 コストが掛かるので、両替には手数料を頂きますというなら、私は納得する。ただし、この場合、半年くらい前から大衆のコンセンサスを得るための広報を徹底することが条件である。
 もともと銀行は両替屋からスタートしたのではなかったか?面倒なこと、手間だけかかって利益にならないことは切り捨てるのか?
 大衆、貧乏人は相手にしない姿勢だ。日本には日本の風習、文化がある。お祝い事のお礼などはピン札でという風習がある。そして、銀行は必要ならいつでも新券に変えてくれた。これも風習に含まれているのではないか!
 カードを持ってこなければ両替しないと言うのは大銀行の奢りではないのか。ついでに両替して来てくださいと人には頼めないよね。キャッシュカードを他人に持たせお使いに行ってもらうんだから。ばら銭がたまったから、お札に換えようというときも、その銀行のカードを持って居る人だけしか利用できないんだよ。
 いままでタダでやっていたのがおかしいとは思うが、これも、預金獲得のためのサービスだったんじゃないか?それを一方的に変えるとは、なんたる暴挙!
 シティバンクなどは小口の預金は受け付けないというが、それは外国の銀行が後から入ってきて、サービスを限定しているのだから何の問題もない。初めから、貧乏人は相手にしませんといっているのだから、趣旨がはっきりしている。
 不良債権に押し潰され、公的資金(我々の血税)で息をしている銀行であることを忘れないで欲しい。

そうだそうだ!応援して下さる方、馬鹿言うな!と反対の方。
ここからコメントを!!!

2001年03月21日 08時43分05秒

我楽多

このこけしも履歴不明

結婚したとき家人が持ってきたものではないかと思われる。顔が似ている!この作りを見ると、たぶんおみやげで売っているごくありふれたものだろう。

10センチほどの小さいこけしだが、去りもせず、逆境に耐えている。

そうだそうだ!と応援して下さる方、
馬鹿言うな!と反対のコメントをここからどうぞ!!!

2001年03月21日 08時25分50秒

我楽多

 大量の銅鐸を出土した出雲の加茂町。その銅鐸の遺跡を見たときの記念の土笛で、縄文人が吹いていたと説明が入っている。穴が6っつあいていて、音を出すのは簡単だが、曲を吹くのは難しい。

 MONDEN MOMO さんの音楽劇を見るため藪本さんはじめラヴォーチェのみなさんが加茂町に行った。そのときの寄り道だが、銅鐸の出たという場所は山腹でその下には蓮田が広がり、お地蔵さんが5・6体、一列に並んでいる風情が印象に残っている。

そうだそうだ!応援して下さる方、馬鹿言うな!と反対のコメントをここからどうぞ!!!

2001年03月18日 22時37分13秒

小さい春

娘が結婚のため、長年勤めてきた幼稚園を辞めた。
 昨日17日は卒園式。お母さんたちが縫いぐるみを作ってプレゼントしてくれたという。
 結婚式は20日、お彼岸の日に、今までお世話になった牧師さんの司式で執り行われ、披露の宴は姉弟主催でコア石響で4月29日に行われる。結婚式の後披露宴というのが我々の一般的な常識パターンなので、ちょっと感じが違い戸惑いがある。
 16日には叔父さん達からもお祝いを沢山いただいて恐縮しながらもニコニコしている。

 屋上に小さな春がきた。小さな花が咲き始めて長かった冬ももう終わりだ。今朝まで降っていた雨があがり、道はまだ濡れている所が多い。
 この、小さな春の向こう側には、コンクリートの建物が廃墟のように広がっている。都会の風景は春風にはふさわしくない。
 彼岸前の小さな春が屋上にある。都会に住んでいると、こんなささやかな春しかないのだ。
 いまは、白い小さな花がちらほら見えるが、5月にかけてツツジなどが一杯に咲いて、しばらくの間は賑やかな花の競演を楽しめる。

2001年03月18日 16時07分00秒

俳 句

 酒天牛さんの掲示板で「運座」をやっている。投稿してくれというので早速書き込みをはじめた。俳号は「うまのあし」。  運座というのは知らなかったので、俳句関係をWEBで検索した。その結果を酒天牛さんの掲示板に載せようとしたら表タグを使えない事が分かった。仕方なく別のページを作ってそこにリンクを貼った。成功!  ここにも同じリンクを貼っておこう。
 
■俳句■
 ↑ここをクリックしてみて下さい。うまくリンクしたら、おめでとう!

2001年03月18日 11時14分15秒

演奏会の後で・・・

 演奏会も終わり、ほっとした千真さん。いや、もう千真ちゃんと呼べる。新潟から取り寄せたカーブ・ドッチのワインもたっぷり味わってもらえたようだ。

 この写真は、コア石響を支えてくださる多くの方たちが揃っている。ある時はプレイヤー、ある時はプロデューサとして活躍して下さる。

 一番上が中村さん(バロックフルートの名手)。
中段三人左から芸大の小野寺さん(声楽)。その右中央、江崎さん(オーボエ奏者・タブラトゥーラでお馴染み)。右に今日のソリスト、ヴァイオリンの川原千真さん。最前列左から田崎さん(チェロ。きょうは裏方)。その右は娘・美延。その右、画家の藤波さん(週間新潮でお馴染み)。一番左がコア石響席亭の和子。
 この日、私は風邪気味で早々に切り上げ、この盛り上がりに参加しなかったのが残念である。

2001年03月17日 20時51分46秒

川原千真
バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ全曲演奏会終わる

 バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータの全曲演奏会が終わった。素晴らしいイベントだった。まず、この曲を続けて聞いたのはもとより、生演奏も初めて聴いた。

 もともと、バッハの曲は「ながら聞き」には向かないと思っていたし、今もその思いは変わらない。何かしているときこの曲がかかっていると、私にとってはウルサイのだ。バッハをかけるときは「ちゃんと聞く」ことにしている。従ってあまり聞く機会がない。

 今までちゃんと聞いたことが無いので、千真さんの演奏会を契機に何枚かのCDを買って聞いた。が、CDでこの曲を聞くと、どの演奏家も同じに聞こえる。何回か聞いている内に、好きな演奏は出てきた。

 だが、今度の川原千真さんの演奏を聴いて、この曲が好きになった。どのCDより良い。CDと生を比較するのは意味がないかも知れないが、この曲がこういう曲だとは思っていなかった。素晴らしい出会いだった。

 千真さんは、普段おしゃべりしたりお酒を飲んだりしているときは、気さくな、芸能番組の話題に長けたふつうのおばさんとしてお付き合いさせて頂いている。古典四重奏団の演奏の時、凛とした姿に変わるその落差が素敵だと思っていたが、今度の演奏会では、その姿は神々しいまでに大きく、近寄りがたい存在に変わっていた。

 音楽を言葉で語る事はとても難しい。特に業界用語?を知らないから、ほとんど幼稚な伝え方しかできない。「良かった」と言うのがすべてになってしまう。だが、3本の絃が二重にも三重にもメロディーや和音を重ね積み上げて行くのだから、驚くとしか言いようがない。

 演奏が終わって有志が残り演奏への賛辞とねぎらいの会を開き乾杯したが、その席で、このような演奏会(全曲演奏会)は日本中で年何人の演奏家がやるのか聞いてみたが、中村さん(バロックフルート)は「そんなこと考えたこともないが、日本はおろか、世界中でも何回も開かれないはずですよ」とのこと。その貴重な機会に全曲を通して聴けたことに感謝したい。

 千真さんは、なんでこんな大それた事を思いつき、実際に弾いてしまったのか、分からないとおっしゃっている。自分だけの力ではない何かに駆り立てられたのだという。そして「もっと練習をすれば良かった」とも。自分では満足なできではないのだとおっしゃる。でも、それは当然だろう。アーティストが「完璧な出来だ」と思うことは一生無いのだろう。

 演奏が終わって鳴りやまない拍手に応えて「練習した曲は全部弾いてしまったので今は何も弾けません」という挨拶が素晴らしいアンコール・メッセージとなり拍手は一段と盛り上がった。かくして、すべてのお客様は大満足でお帰りになった。

 今日の演奏と、明日の演奏は違う。それが本当の音楽だと武久氏の言葉を思い出す。CDは完璧にできあがっているはずだが、それはすでに過去の演奏で、今の演奏ではあり得ない。

 この演奏会をまた聞きたい。だが簡単にリクエストする事はできない。いかに大変なパワーが掛かるかが分かるから。

2001年03月17日 16時29分44秒

ウルムチを調べる

サラメット・スデイックさんがコア石響で踊る。新彊ウイグル・トルファン歌舞団のトップダンサーの一人だというので、日頃関わりのない国だけに、何も分からない。そこで検索エンジンで「ウイグル」を調べた。1500を越えるヒットだ、下表はその前半150件の中から選んだ。内容を確認してからホームページに出そうと思う。

新聞の記事や、研究論文、中国政府の資料なども出てくるが、おもに個人の旅行記などがおもしろいので選んだ。■でページへジャンプして別ウインドウで開く。

ウルムチ検索結果

シルクロード入門

http://home9.highway.ne.jp/winds/script/uru/uru.htm

ウルムチの自然環境

http://inet.eco-science.ac.jp/98scont/e2973162/untitled.htm

中国の旅

http://member.nifty.ne.jp/O-Sam/Silk.htm

シルクロード旅日記田(中守幸氏)

http://members.aol.com/tnj9792

中国・シルクロードの旅ウルムチ観光案内)

http://sig.biglobe.ne.jp/NTRAVEL/liblary/silk/index.htm

ウルムチ日記

http://village.infoweb.or.jp/~fwhw9154/ulmuchi.htm

シンチャン・ウイグル自治区ウルムチの思い出)

http://www.asahi-net.or.jp/~ek4s-skd/shinchan.htm

シルクロードの旅中国旅行)

http://www.asahi-net.or.jp/~SM5S-NKYM/silk/silk00.html

ウルムチへ(日本料理)

http://www.avan.co.jp/hiramasa

中国の旅

http://www.cnta.or.jp/cities/wulumuqi.html

シルクロード入門

http://www.din.or.jp/~hagi3/Literature/TheRoadToSilkroad/Chap5-5.htm

日中友好交流子どもキャンプ

http://www.fuji.ne.jp/~taranome/ryokou5.htm

ウルムチの思い出

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/1562/urumqi.html

土門啓介さんの中国リポート(6)

http://www.hana.or.jp/hana/nitiniti/culture98/c981103.htm

思い出の天山山脈と塩の湖

http://www.root.or.jp/nanta/shanghai_Folder/shanghai8.htm

中国・シルクロードの旅(中国建築視察レポート)

http://www.wahei.org/yisuyi-4.htm

烏魯木斉=ウルムチ

http://www2.justnet.ne.jp/~kage1509/HTM/ONOURU.HTM

シルクロード(1)ウルムチ〜トルファン

http://www2.justnet.ne.jp/~kage1509/HYOURYU/SILK/SILK.html

中国友好交流子どもキャンプ

http://www2t.biglobe.ne.jp/~cjfc/index.html

シルクロードの大都市・ウルムチ

http://www5a.biglobe.ne.jp/~bpcafe/173.htm

ウルムチという地名

http://www5a.biglobe.ne.jp/~erkin/urumch.html

楽器を作る職人

http://www5a.biglobe.ne.jp/~pingwei/53616333/index.html

土門啓介さんの中国リポート

http://www6.shizuokanet.ne.jp/m_goto/urumuchi.html

2001年03月17日 15時34分18秒

兜 町 暴 落

 北風が建物の端を切る音で目が覚めた。5時。手洗いに立って、またすぐ布団に潜り込む。うつらうつらが気持ちよい。6時半起床。テレビをつけるとミューヨークで株が暴落。円安がすすみ120円を割る。テーブルの上には昨日の夕刊と朝刊が乗っていて、森総理は朝刊で辞めると言い、夕刊で辞めないと言っている。与党も野党も翻弄されっぱなしだ。

 9時過ぎ、WEBで日経ニュースを覗くと、案の定東京株式は大幅に値を崩している。通勤途上、株屋の電光掲示板にはマイナス360円と出ている。夜明けの風はようやく治まったが、経済は荒れまくっている。

 つい最近まで、国策だと言っていたIT関連株が暴落している。お偉い評論家先生達は、ITなどはそんなに経済効果がないのに、みんな悪のりしたからこうなったなどと口裏を返してしまう。自分の発言に誰も責任を持たない。

 IT大国を目指して、速やかに小中学校にインターネット環境をつくるというが、ITで教育がダメになるということは頭に入れていない。そんな議論をしている暇はないと言いたげだが、心あるひとたちが積み上げた研究成果を、それこそITを駆使して集約すれば軽々にネットワークにたよる基礎教育が、子孫の精神を異常にする部分があることが浮き彫りになるはずである。

 役に立たないダムや、無駄な干拓に続いて、インフォメーション・テクノロジーを幼い子どもに押しつける愚行を始めたとしか言いようがない。

 ITがこれからの社会に欠かせない技術であるだけに、使い方も知らずに囃し立て、人間性を埋没させるようなことがあると、社会は大きな歪みに苦しむことになる。

 自然だけでは生まれない。人間だけではつくれない「響」。さんとりー・ウイスキーの広告だが、ウヰスキーは旨いとは思わないが、この広告コピーのバランス感覚を各界のリーダに持って欲しいと思う。

2001年03月13日 21時57分59秒

我楽多

ヴェネチア・グラス

詩人の松永悟一さんのお嬢様夫妻がコア石響で作品展「夢時計」を開かれたとき、一緒に展示されていたガラス器。

展示会が終わったあと、ゴミを片づけていたら、コトンと何かが落ちた。それがこの逸品である。連絡すると、こんどお会いするまで置いておいて下さい、ということで、以来お会いしていないから、久しく階段の住人になっている。

松永さんはヴェネチアン・グラスのコレクターとしても有名で、その写真集はすばらしい。写真を撮った二重作さんとは面識がある程度だが、人工の光一切使わなかったと聞いた。プロのこだわりがこの写真集に一段と深い輝きを加えている。

2001年03月13日 07時31分39秒

寒波到来

 ちょっと寝坊して7時起床。雪が舞っている。

四谷税務署に確定申告の書類を出しに行ったが、雪はやんでいた。窓口は混み合っていて行列が長い。誰もぎりぎりに提出に来るのだから仕方ない。

 天気予報は寒波到来を告げ明日は雪が降るという。会社の窓から外を見ると寒桜がほころび始めている。森総理の退陣表明による政局の不安定、ニューヨークの株安などが重なったのだろう、今日の東京は株価も大幅に下落した。12000円を割るかも知れない。1カ月ほど前に、11000円を割ると金融不安が顕在化して大混乱が起きるだろうという記事を読んだ。この条件に近づいて来た。バンクホリデーなんてごめんだよ。

 だれが総理になるのか知れないが、現状を打開する政策を提示している人っているのだろうか。政治家も政党も国の方針、大衆の利益を明確に解りやすく示して欲しいものだ。

2001年03月12日 13時37分49秒

娘の嫁入り道具

iBookを買った。ぶんたんのお嫁入り道具で、大森おじいちゃんからのプレゼントとしてだ。

コンピュータなんか絶対にいらないと言っていたけれど、ここ1週間ほど、インターネットで遊んでいるうち興味がわいてきたらしい。

ホームページを作って、掲示板を使えるように設定してやったら、2〜3日前、初めて書き込みが出来た。ブンのインターネットデビューである。直美に連絡したら、即書き込みしてくれた。インターネットとメールに特化して特訓すれば使える様になるだろう。

2001年03月11日 18時39分18秒

バッハ無伴奏ソナタ&パルティータ全曲演奏会#1

 無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ一回目が終わった。素晴らしかった。

 もともとこの曲はあまり聴いたことがなかったし、よく知らなかったが、千真さんの演奏会が決まった後、いろいろな演奏家のCDを聞いた。CDを入手するのにインターネットが威力を発揮した。アマゾンで6人の演奏を購入した。シゲティ、パールマン、ミルシュタイン、ハイフェッツ、テネンバウム、グルミオウ。
 さらに港図書館で前橋汀子、千住真理子を借りてMDにコピーしたから計8人のコレクションになった。

 聞いてみると、残念ながらその差がわからない。この曲はとてもやかましい。何かをやりながらの「ながら聞き」には向かない。だか、繰り返し聞いて耳になじんでくると、何回でも聞きたくなる。

 前橋さんの演奏が好きになってきた。ダブルが非常にきれいだ。千住さんの演奏は思い入れが強すぎるように感じる。ハイフェッツはいとも簡単に弾いているような演出を感じる。とか、本質的なことは何もわからないが、いろいろな「感想」が浮かんで来るようになった。

 さて、千真さんの本番。

 この日は、千真さんのお姉さま一家が名古屋から駆けつけ、ビデオを撮るというので、久しぶりに音楽だけ聴けることになった。いつも思うのだが、ビデオを撮りながら聞いていると、音は聞こえてもビデオに気を取られ演奏が聴けない。

 パルティータ#3、ソナタ#2、休憩をはさんでパルティータ#2。170年前のヴァイオリンの響きはモダン・ヴァイオリンの響きとは違う。音が強弱ではなく遠近て聞こえてくるようだ。

 後でこの楽器を発掘された方の解説を伺ったが、弦一本々の響きが独自の響きをもっているのだそうだが、私にはそこまではわからない。特にパルティータ#2は素晴らしかった。骨の髄まで届くように感じながら聞き惚れていた。ダブルも感動的で音の流れの中に引きこまれた。

 16日の二回目が楽しみである。

2001年03月11日 17時48分09秒

I-MAC参入

 I-MACが加わった。息子がパワーブックG4を買ったので、そのおさがり。いま、I-MACと言えば筐体に花柄や水の波紋のようなパターンがついて話題を呼んでいるが、我がデスクのにそんなデザインはふさわしくない。

 なんと言ってもコンパクトなのがいい。

 クロック450mbで、いま使っているG4より数段速い。17インチのディスプレイを使い慣れているので、この14インチはかなり小さく感じるがその分カワイイ。メモリーは256Mに増設してあるので自宅用には十分。HDは20G。 外付けの器機はほとんど必要ない。フロッピーは使うのでドライブが必要。  エアマックでホームランにつながっている。

2001年03月09日 13時25分29秒

ハンドベル関連サイト

ハンドベルを検索してみた(Yahoo!コンテンツ)かなり出てきたが、役に立ちそうなURLを抜粋してメモに残しておこう。あとで使えると思う。



ACROSS
- クワイアチャイムだけを演奏する。名古屋市の熱田生涯学習センターのハンドベル講座参加者が自主的に結成。

DOKURING - ハンドベルのサークルTwinkerBellsの紹介と活動内容、コンサートの告知

ESPRIT - 演奏曲の案内、活動記録、FAQ

Hello! Merritt Bell Ringers - 名古屋の南山短期大学卒業生のサイト。活動の紹介、メンバーのお気に入り曲のコーナー等

RING! RING! RING - 稲沢市で活動するチーム

河野さとみ - ハートにとどくハンドベル - 本人によるページ。プロフィールやコンサート予定等

しゅぴーれんベルリンガーズ - 日本ハンドベル連盟所属のハンドベルチームの紹介。ハンドベルの案内や公演リスト等

チェンバー リンギング ソロイスツ - 東京で活動しているハンドベルのサークル。CDの紹介

ちろりんシティ - 横浜市旭区で活動


2001年03月08日 08時08分18秒

ハッピー

サンドクラフトのアメリカン・ビーグル。

家を建て直し、完成間際に我が家のビーグル「ハッピー」が死んだ。実は、人間どもはこの「ハッピー」を新築のビルのどこで飼ったらよいのかと頭を痛めていた。長いことフィラリヤを患っていて、最後は毎日のように獣医通いをしていた。体に触れると痛いらしく、触れられることを嫌がった。

玄関にうずくまっていたが、私が帰宅するとしんどそうに頭をもたげ、しっぽをぱたんと一回振ってまたうずくまっている。その数時間あとに息絶えた。

可愛がっていた娘が、いくら名を呼んでも反応しなかった「ハッピー」が「パパだけに挨拶して死んだ」と語りぐさになっている。

葬儀屋を呼び、火葬にして骨壺に入った「ハッピー」は、今、駐車場入り口の植え込みの中に眠っている。

自分の居場所が無いのを察知して、先に逝ってしまったのだろうか。とても可哀想だった。

その直後、家人とデパートに行ったとき、このサンドクラフトをみつけた。見つけたと言うより、ハッピーが「ひさしぶり!」と言ってるようで、正札も見ないで買ってしまった。

2001年03月07日 21時07分44秒

ニンニク絞り器らしいもの。

 タブラトゥーラのつのだたかしさんの演奏旅行のおみやげだったとおもう。違うかも知れないな。

 高度工業社会に生きてきた我々が手にすると、作りが雑で「人が作ったんだな」という実感が伝わる。こういうのを人間らしいというのだろう。工業製品ではないから珍しいのだ。できの悪いところに価値がある。

 凹んでいるところにニンニクを入れて、その汁を絞り出す道具だと聞いたような気がするが、定かではない。

 一度も使ったことはない。これからも使うことは無いだろう。しかし捨てることもないだろう。役に立たないものを置いておいてどうするんだと聞かれるかもしれないが、コレクションと言うものはだいたい役にたたないものの集まりだ。

 要するに我楽多だ。我に楽しみ多し。人の知ったことではない。

2001年03月05日 20時59分01秒

ハンドベル

 5月20日にハンドベルの演奏会が決まった。
 昨日、コア石響でそのグループの写真撮影があった。

 以前、上野文化会館・小ホールでお会いした横堀さんがプロモータである。
 カーネギーホール、ホワイトハウスなどでの演奏をしたグループで、去年、ウイーンに演奏旅行に行き、そこでCDを作ったからと、一枚頂いた。今日、早速聞いてみたが素晴らしい音楽である。もともと私はハンドベルの演奏といえばクリスマスの音楽が街頭にあふれていた頃を思い出す程度のものでしかなかったが、見直した。

 どんなグループなのかヤフーで検索してみたら、ファンクラブのような人たちがかなり詳しいホームページを作っていた。■そのサイト

2001年03月04日 18時39分34秒

底なしの3月

 3月になった。今年はどうも気合いがはいらない。

 暮れに新橋駅前の古本市で「株価大暴落」という古い本を100円で買った。廣済堂出版・町田恒男著。昭和52年のかかれた本である。

 25年前、いま130円のピースが75円の時代の株の話だが、いまどきこんな本を買う馬鹿はいない。だが何故かこの本が「読んでみろよ」と呼びかけてきた。

 いま、もの作り大学の汚職が焦点になっているが、当時も同じような問題を山ほど抱えていたのだとということがわかる。要するに政治や企業、はたまたマスコミも「庶民」「大衆」の事など全く無視して大きな金を操っていることに対して注意を払うよう忠告している。野坂昭如議員が国会で不正を暴こうとするが、厚い壁を崩すことはおろか、傷を付けることすら出来ないと書いている。

 大衆は必ず損をするような仕組みが動いているから、「注目株等というものには注目しないように」というのが導入部の大意である。面白く読んでいる。

 奇しくも、先週株価、金曜日の引け値は12,261円。前日比419安の暴落。バブル崩壊後の最安値を更新した。3月3日、雛祭りの日の朝日新聞の朝刊のトップ記事だ。

 アメリカのナスダックも下げ続ける。去年2月から3月にかけて「ナスダックの脅威」という本を読んでいた頃、そこにかかれている内容を裏付けるかのように、上がり続けていた。3月中旬には5000ポイントを超えた。読み終わってしばらくすると下げはじめ、5月12日には3500ポイントになった。ITバブルがはじけだしたのであるが、中押しぐらいにしか感じなかったのを憶えている。

 今の株の下落に対して、日本政府のお偉方は、旧平均値ではそれほど下落していないなどと変な発言をしている。ばかいえ。これからはITの時代だからというので指標にする銘柄を入れ替えたんじゃないか。それが下落したのだ。昔の指標は下がっていないなどという話はないだろう!だいたい、昔の銘柄は初めから下がる余地が無いほど下がっていたんじゃないのかね。下げようがないんだろう?だからITで活性化をはかると言うのがIT大国日本の国策じゃなかったかね?酔った様なことを言ってもっちゃぁ困る。酔い日は俺の日記のタイトルだ。真似すんな!

 いずれにしても、現実は株が下がり、物価も下がり、上がったのは失業率だけという3月の幕開けだ。

 気合いが入らないのは無理ないでしょう!

2001年03月04日 18時00分50秒