酔い日は 良い日の 日記

2000年1月
通算来訪 カウント


「沖縄はるかに」を観て

 特攻機に乗って出撃する若者が集まる店の女主人が綴る当時の思い出。そこには死出の旅路に対する恐怖感などはない。自分の命が国のため、愛する人のために役立つことを信じて飛び立っていく若者たち。今聞けば、その哀れさ、恐ろしさが胸にせまる。

 8月になると、日本中が戦争・原爆のイヴェントで埋まるが、今回は、若い人たちが本当に燃えて作り上げた舞台である。
 特攻機に乗って飛び立って行ったその人たちと同じ年輩の人たちが演じている。役者もスタッフも涙を流しながらの稽古だったと聞く。頭では理解できない不条理を演じなければならない。自分の生きている世界との隔たりはどうしても埋めることはできない。だが、その時には現実だった。

 この「沖縄はるかに」の前に、同じコア石響で「贄女春秋」が上演された。この一人芝居も、息子が遺骨で帰って来た贄女の悲しみを演じ語った。関えつ子さんの名演技と共に印象に深く残った。

 ヴェトナムの短編小説を読んだが、ここにも悲惨な戦争の後遺症が描かれている作品が多い。誰に向かって抗議するでもなく、ただひたすら悲惨さに絶えている描写が読者をつかんで離さない。

 戦争など誰もがやってはならないと思っている。だが今でも戦争は絶えない。誰もが反対しながら戦争が起きる。人間社会の癌に効く特効薬は無いようだ。が、やはり戦争の悲惨さを訴え続けることで争いの無い世界に近づくことを願いたい。

2001年01月30日 17時07分30秒

2つのステージを観て

1月19日、櫻井さんの「ギリシャ神話」テアラ江東。20日、劇団星座の「小次郎外伝」(池袋芸術劇場)を観た。

ギリシャ神話はゆっくりした語りで、多少間延びした。ホールが比較的大きく、観客も多いのでステージの上から語るとこうなるのかもしれない。小さい場で語り手と聴衆が目線の高さ出来る触れあいを経験すると、演者と客席が隔てられた場は散漫になる。
同じ場で、とのさんの昔話が語られたが、広い舞台をうまく使って演技のある語りは面白く、納得できた。語りというより一人芝居なのかもしれない。
ほかにもいくつかの話が語られたが、際だった人はいなかった。
とくに、自分史を読まれた方もいたが、これは、聞き手に感動を伝えるとは言えない。「青年の主調」を聞いているようであったが、そこにははっきりした主張もない。

劇団星座の「小次郎外伝」はストレートプレイと解説されていたが、どたばたが目立つだけ。ただ受付を埋め尽くした花束を見るにつけ、いまは、こういう芝居が受けるのだと思った。殺陣が入るが、これも未熟でドタバタ感を増幅したと思う。

2001年01月23日 15時52分48秒

シニアの遊び

ジオシティーズに「21世紀はシニアの時代と言うページがあって以下がちょっと覗いてみたい。
ネット短歌コンクール開催◇◆ 2000.1.1(月)〜1.28(日) NHK学園・スローネット主催の短歌コンクール。 「青春」がテーマ。豪華賞品があるという。 http://www.slownet.ne.jp/
写真・俳句・川柳が投稿によるネット学習で楽しく学べる。
新規会員受付中
 http://www.slownet.ne.jp/ 

2001年01月19日 11時33分30秒

検索ショートカット

ヤフーの舞台・演芸関連の検索結果をダイジェストして、ショートカットで飛べる表をテストしてみた。

ヤフーの検索エンジンから

イヴェント

インスタレーション

映画

演劇

音楽

オペラ

ミュージカル

ダンス、バレー

パフォーマー

パフォーマンス・アート

?

日本の伝統芸能

寄席、演芸

講談

手品、マジック

大道芸

フェスティバル

?

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リンク集&総合情報

2001年01月18日 19時54分19秒

飲み会

N氏、A氏と今年初めての飲み会。煮込みが旨い店があるとA氏のご推奨だけあって素晴らしい味だ。森下の山利喜という店。この店は5時開店を待つ客が行列しているそうだ。

軟骨のたたきを塩味で。さらにクエ鍋。これも抜群の味。その他もろもろたらふく食べて飲んで酔った。外は相変わらず10年ぶりの寒波で寒い。

帰りは都営新宿線で市ヶ谷乗り換えが近い。空いていたので座った。目が覚めたら笹塚。終点だ。新宿まで戻ってJRで四谷というコースで、寒い中、遠回りして冷え切ってのご帰宅となったが良い日だった。

2001年01月18日 14時46分38秒

メールの作法(サホウ)

N氏から、Mailの礼儀についてのMAILがきた。それに返事をだした。

 おとといの夜、飲みながらEmail、ワープロ談義に花が咲いたけれど、どちらも評価は落第点。結論は、電話・面談、手紙、手書きを超えることは出来ないという事。

脚本家:原稿用紙で5校位してからワープロで清書(なんと古い使い方か)。こうしないとセリフが活きないし構成があまくなってしまうそうです。

著述家:書き飛ばしていいものはワープロで3〜4校。気合いを入れて書く原稿は原稿用紙に鉛筆で手書き。確定してから更に推敲しながらワープロで清書。こうしないと、本ができあがったとき不満足な出来上がりになるそうです。

とか、その他にもIT革命の話などとりとめなく盛り上がりました。

そもそもMAILはそれほど重要な案件は送受しないとたかを括っているので、呼び捨てだろうが、差出人不明だろうが、気にしていない。
でも、気にする人もいるのだからこちらから送信するときはシグネチャーが付くように設定しています。

これがくせ者で、フォーラムへうっかりそのまま出すと「当フォーラムは個人情報を入れないことになっていますので、ご発言は掲載できません」などという場合がある。
また、発信するマシンが違うとシグネチャーが付かなかったり、会社のアドレスのまま送信したり・・・これはもちろん不注意ですが・・・

いずれにしても、ネットやワープロ、パソコンは、まだ生活に根を下ろすところまでいかない半製品だが、避けて通ることの出来ないツールになったと思う。この年でつき合う人たちはMAILを持たない場合が多い。この方たちとのOFFでの話し合い(情報交換)は疎になる。やはりMAILを送受できるようになって欲しいと思う。

私の叔母はもう80近いが、MAILもホームページもOK。時々ごみメールを送ると、折り返し電話がかかって来る。これもMAILの効能の1つだと思っている。

2001年01月16日 18時07分38秒

ヴェトナムの小説
 いま、日常、ほとんどの日本人の頭の中にベトナムという国はない。私もそうだ。

 ところが、数日前、図書館へ行ったとき、タック・ラムの「農園の日差し」という本が「読んで!」と呼びかけてきた。興味があって借りて来たのではないが、10ぺーじほどの短編が12編。読んでみると、私の子供時代の日記を読んでいるような錯覚に捕らわれるほど親しみが湧いてくる、不思議な魅力がある。

 「レー母さんの家」「新たな日々」「ある怒り」「空腹」「季節はじめの北風」「農園の日差し」「センの船着き場」「フランス婦人」「二人の子供」小間物売りの娘」「過ぎし日の恋」「髪の毛」の12編。

 作品は貧困と死、風景描写、人間の観察などに分けることが出来る。夭折が惜しまれる。

 そこでベトナムにフォーカスしてページを検索してみた。
ベトナムの小説。というサイトがあった。

2001年01月14日 12時40分31秒

タック・ラムの短編集

 図書館へCDを借りに行ったとき、何の脈絡もなくベトナムの作家タック・ラムの「農園の陽差し」という短編集を借りた。アジアの現代文芸と言うシリーズで、財団法人・大同生命国際文化基金が発行所。昨年9月30日発行と記されているからまだ新しい本だ。インド、ベトナム、フィリッピン、インドネシア、ミャンマー、タイ、パキスタン、マレーシアなどの作家の作品が既に発刊され手いる。

 なぜ、この本を借りたのか?図書館にずらりと並んだ本棚のたった一冊、それも何が書いてあるかも知らずに借りてきたのだ。珍しさ、おもしろ半分?それもある。そうではない、本の方から呼びかけてきたのである。

 早速近くの喫茶店で前書きやら奥付を見た。そして上記のようなことが分かった。最初の短編「レー母さんの家」を読んだ。10ページの短編で、まるで昔話か童話を読んでいるようだ。11人の子どもを抱え、赤貧のレー母さんの一家が更に貧しくなって、米を借りに行ったレー母さんは犬をけしかけられ、その傷がもとで死んでしまう。それだけの話である。どうしてこうなったかは分からない。だれが悪いのだなどとは一切言わない。母さんはただ「どうすればいいのだ」とだけ言い続ける。それがたまらなく心にしみ込んでくる。そんな短編だった。

 民族も時代も違う人たちの中には、いまもこんな状況の中にいる人もいるだろう等と思いめぐらし、やはり、本の方から呼びかけてきた理由が分かったようなきがする。ここに書かれていることは、残念ながら違う場所の出来事、違う星の話のようで、実感として理解することが出来ない。だが、飢えた人々は今もこの星でレー母さんのように死んでいるのだ。

 タック・ラムは70年ほど前の作家。(1910〜1942.6肺病)

2001年01月12日 17時36分59秒

いろはかるた

 年末、飲みながら「いろはかるた」が話題になり、じゃあホームページを作ろうよと言うことになった。
 さめてみれば、こんな面白いテーマが手つかずであるはずはないことはすぐ解る。試しに検索してみるとあるある!
 数ある見出しの中からこれはと思うサイトへ行ってみた。まず
「いろはかるた総目次」。江戸・尾張・上方それぞれのカルタがマトリックスで並び、いろはそれぞれに蘊蓄のある解説がついていて面白い。
 
「いろはかるた漫談」もすごい。和田光平さんとおっしゃる方のページで、付録として「ことわざかるたの系譜」「吉原ガイドのご紹介」「いろは歌の暗号」などがついている力作。
 この二つのページを読めばいろはかるたそのものはもとより、古くから研究に携わってきた人達のこともわかる。最近では、戸板康二氏が第一人者のようだ。
 このほか地域で独自のカルタを作っていたり、数十のページが出てきた。お正月も過ぎたしまったが、せっかく検索したのでメモを残しておこう。

2001年01月11日 18時09分40秒

5日、仕事始め

5日、仕事始め。何も変わったことはない。ここも平和に年が明けた。
月次決算の締めで忙しかったが、今月は請求書が届くのが遅く、まだ締められない。

気にして歩いてみたが、やはり正月飾りは少ない。というよりほとんど目に付かない。
昨日も叔母の葬儀で三鷹界隈を車ではしったが、ここにも松飾りはない。
クリスマスと言い、お正月と言い、どこの家も飾り立てていた時代もあったが、
やはり21世紀がデフレの世紀になるその前触れなのだろうか。

2001年01月05日 16時58分54秒

正月のお葬式

 12月31日。キミ叔母が亡くなった。享年81歳。
 正月3日お通夜。4日葬儀、告別式、初七忌。我々にとって21世紀は特異なスタートだった。
 初七日の法要を済ませて、省三の家に寄ってコーヒーをご馳走になった。オレンジ色のどじょうと水中に棲む蛙を飼っているとは知らなかった

2001年01月05日 16時49分20秒

書き初め大会の作品

1月1日、オール山本・新年会の書き初め大会作品の整理ができた。

太郎くんと晴太くんの作品は、昨日の三枝新年会に紹介した通り。


上段左から、浩太、浩太、省三、章子、達二、直美、
下段左から、陽一、浩太、省三、陽一、陽一、菊池、

書き初めを書かなかった10人は、へべれけになっていて筆を持つことが出来なかったらしい。

2001年01月03日 23時24分04秒

お正月・2日

1月2日。三枝一家お正月。サンタの「お書き初め」も参加。

すごいご馳走に全員お腹がはち切れそう!

飲んだ!食べた!おめでとう!

2001年01月03日 13時35分55秒

21世紀・最初の食事。

2001年01月02日 12時01分43秒

21世紀・初日

1月1日。オール山本会。今年は18人。

2001年01月