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酔い日は 良い日の 日記10月 |
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がんばれ・おじいちゃん |
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おじいちゃん、ちょっと弱ってきた。気候の変わり目のせいもあるが、右半身に違和感があるようで、真っ直ぐ歩けないとか、ふらつくとか訴えることが多くなった。きょうは、散歩に連れ出して紅葉の写 真を撮ってもらうことになっているが、その結果はどうかな?都心はまだ紅葉などしていないけれど、家にこもりがちなので、明日はもっと色づくからと激励しようという段取りで、そのうち、散歩をエスコートしたものがおじいちゃんにお昼をご馳走になるというプログラムも企んでいる。 2000年10月31日 19時45分11秒 |
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EK氏逝く。 |
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25日、T.E氏没す。 30日。朝からの雨はあがって、秋の空が拡がって行く中、お寺に着く。弔問客は昨日よりやや少ない。あの丸電球は今日も二列に真っ直ぐ祭壇へ続いている。弔辞が読まれ、弔電が読まれ、焼香が始まった。遺影、あの顔は昨日と同じだ。焼香を済ませて境内に立ち、一時間ほど、椋鳥の鳴き声を聞きながら、秋の穏やかな陽射しがあふれる山門の下で待つ。激しい生涯を閉じた人を送るには穏やかすぎるひとときである。艶のある楠木の葉が秋の陽に輝いて見える。逆光で青空に伸びたイチョウのシルエットの向こうに掃いたような雲が静かに流れている。 2000年10月30日 18時29分11秒 |
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赤鬼先生 |
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おじいちゃんの手足のしびれは少しずつ回復しているようだが、まだ散歩には出られない。 診断が終わってコーヒーを飲みながら雑談。ガンが消えた話を聞く。病気と言うものは自分で作るものだそうだ。生活習慣とか不養生・不摂生と分かっていても避けずに生きてきた結果
、病気になる。それが癌となるとショックだ。だが、自分で作ったものだから、仕方ない、一緒に仲良くしようという気持ちになれば、進行は止まり、直ってしまうこともあるそうである。 2000年10月24日 05時27分53秒 |
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村井しげるさんと |
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飲み過ぎ、寝不足が続くから昼は眠い。村井しげるアコーディオン・コンサートのヴィデオを撮りながらスーッと居眠りが出る。 ソニーのデジタル・ヴィデオ・カメラがこわれた。テープが回らない。静止画を撮って止まってしまう。仕方なく8ミリ・ヴィデオ・カメラをテレビにつないで撮ることにした。このやり方はなかなか難しい。今のカメラは省エネ機能が働いて、テープが廻っていないと数分で電源が落ちてしまう。京セラのサムライには幸いこの機能がなかったのでなんとか最後まで撮ることが出来た。画質はデジタルに較べるとかなり落ちる。 歌は世につれ・・・と言う。ある時代にヒットしては消えていく。その歌を懐かしむファンがいる。新しいファンは生まれない。客は高齢化する一方である。時代を超えて歌い続けられる歌は少ない。だからレパートリーはいつも同じになってしまう。しかし、村井さんの人柄ともどもファンは満足する。 年老いると足元がおぼつかなくなるが、演奏も同じ。巨匠といわれたホロビッツにしてもよれよれの演奏を聴かせてくれたことを思い出している。ボロビッツだと酷評されたかと思うと、ある評論家先生はこれぞ世紀の巨匠が聴かせた最高の演奏だと絶賛を惜しまなかった。私はこれを読んで、ブランド志向だと思った。最近、講談の小金井芦州をNHKで聞いた。これもひどかった。しかしこの場合も、感動して涙を流した人も居たに違いない。芸人を支えるファンは客観的に聞くわけではないのだから。消えることを惜しむ人たちに囲まれている芸人は幸せである。消えることを惜しみ古い歌を発掘し続ける村井さんの努力はまた人を惹き付け続けるだろう。そうあって欲しい。意義のある演奏会である。> ギターの演奏も素晴らしい。同じ世代を生きたアーチストだけあって、呼吸がぴったり合っていた。 演奏会が終わって恒例の打上。例によってアコとギターも加わって、いつ果 てるともない宴会になった。当然のことだが、アコもギターも水を得た魚のように活きいきして場を酔わせ、本番を上回る席になった。参加者は12名。うち3人は初参加だが、その場の雰囲気に魅了され、素晴らしい!の連発、来年は10月21日に決まったが、また打上にも参加したいとラブコール。 2000年10月24日 05時03分07秒 |
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つまらん! |
| 最近、頭が枯れてるね。酔い日の日記なのに、芝居や音楽会の話、それも、他人様が読んでも面
白くもおかしくもない話ばかり。こりゃいかんぞと気が付いてはいるのだけれどね。 飲む人が来なくなったんだ。それもある。いつも同じ顔と飲んでるとマンネリという苔が脳に生える。 それも日常、人生さ。 2000年10月19日 18時25分10秒 |
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WORLD PC EXPO 2000 を見る |
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10月19日。日経BP主催、東京ビッグサイトで。 こまかいブースはとばしてアドビ、ソニー、NEC、富士通、松下、東芝、などを見たが、ハードに重点を置いた出展は僅かである。 それでもおよそ2時間かけて見て回った。井の中からちょっと広い世界に触れてきただけと云ったところかな? 2000年10月19日 18時17分11秒 |
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おじいちゃんの散歩・危ない!? |
| 日増しに秋は深まる。毎朝お散歩に出かけるおじいちゃん。向かいのJTの管理人Fさんが、「お宅のおじいちゃん、まっすぐ歩けないのと、車の気配を感じないので、見ていてとても危ないですよ」と教えてくれた。車が近づいているのに道の端から真ん中にすっと出てくるからだという。 今朝はその様子を検証しようと、和子が5時半に起きて、後を付けることになっていた。だが、ちょっと様子がおかしい。左半身が動かないという。立てない。足に力が入らない。もちろん散歩は中止。ベッドに腰掛けて過ごせるように部屋の模様替えをして、朝食はいつもより少し早めに部屋で。トイレに行くのも和子の付き添いが必要。だが、その他には変わったところはないので、進行する恐れは無さそうである。軽い脳梗塞ではないかと言うことになった。人間誰しも年を取ると常に細い血管が切れたりつまったりして、ふらついたりめまいがしたりするそうである。それがひどいと、倒れたりするのだろう。「おじいちゃん、きょうは大事をとって一日静かにしていましょうね」と言うことになった。 2000年10月19日 12時01分37秒 |
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古典四重奏団のショスタコーヴィッチを聞く |
| コア石響での試演会で聞いたショスタコーヴィッチ#15,#12。文化会館小ホールで。 モーツァルト協会の田辺さん、画家の藤波さん、チェンバロの加久間さんなどと会う。 開演は10分ほど押したかな?まず#15。音が奔放に交錯し、深みに落ちていくようだ。田辺さんの感想「よくやるよ!」 休憩15分。#12。コア石響で聞くより音が伸び柔らかい。評論家の中見さんは、一番前・かぶりつきで聞いたというが「コア石響で聞いたあの音の強さがないですね」。緊迫した音の塊は確かにないが、やはり音楽ホールで安心して聞いていられる演奏だったと思う。小ホールでしか味わえない場の緊張感を、大きなホールの演奏に求めるのは無理である。 ショスタコーヴィッチは4つの楽器それぞれを丁寧に聞かせてくれるのがいい。特にヴィオラがよく歌う。もちろんチェロもヴァイオリンも。 終演後、池之端にある「とうかい」でビールを飲みながら食事。樽谷氏共々5人。かのメンバーは話題が共通 しているので話も弾む。 藤波さんはホームページを開いたという。 今日も楽しい、良い日だった。 2000年10月19日 11時43分36秒 |
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中川鶴女・第二回琵琶演奏会を聞いて |
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那須与一と善知鳥。演奏会の仕掛けがだんだん大きくなる。きょうは、広い舞台に大書した法華経が6枚掛けてある。南海雄さんの書である。 那須与一から演奏が始まる。素晴らしい演奏だった。以前はそれほど感じなかったが、声がいい。 20分の休憩を挟んで「善知鳥」が始まる。演奏が少し変わっている。馬場さんのパーカッションで始まるが、これも以前とは変わっている。かすかな音でいつ始まったかわからないほど。ライトも徐々に明るくなりパーカッションが浮かびだしてくるにつれて音量 が上がってくる。「地獄極楽・・・・」と歌がかぶさって善知鳥の世界が拡がってくる。30分弱の曲だが、照明が色を変えて参加し舞台効果 を出す。法華経の書も瞬間真紅に彩られたかと思うと、緑に、紫にと情景を表して、ストーリーの流れを作って行く。 演出効果は非常に良いと思う。演奏会が終わり、打ち上げの席に招待されたが、ここでは、大きなホールでの演奏より小ホールが良いなどの意見も多かった。 コア石響での演奏は本当に素晴らしかった。だが、その通り弾いていては今日の演奏会では多くのファンを得ることは出来なかったと思う。私は小ホール派だが・・・ 会場はアカサカVシアター 2000年10月16日 13時28分09秒 |
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古典四重奏団 ショスタコーヴィッチの12番、15番 |
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10月13日金曜日。 2000年10月16日 13時26分54秒 |
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久しぶりにAMC |
| 10月14日。ゴスペルの稽古日。 このところずっとご無沙汰していたが、久しぶりで覗いてみた。新しい顔も増え、幹部も変わり、練習方法も、練習曲も変わりレパートリーも増えているようだ。 翌日、横浜でストリート・ライヴ(こんな言葉はないかな?)をやるそうである。誘われたが、15日は中川さんの琵琶演奏会なので、残念! 2000年10月16日 13時25分59秒 |
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語りウィーク とのしげを 北九州のむかしばなし |
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10月12日。語りウィークのトリはとのしげをさんの「北九州のむかしばなし」。との門下の下野明子さんも出演。 とのさんの語りは、さすが年期が入っていて素晴らしい。初めての東京公演だと言うが、客入りは上々。桟敷を含めて百人入れる各席を作ったが、満席。数名の立ち見が出るほどだった。 中村ヨシミツさんのギター即興演奏はまさに神業としかいいようのない緩急自在に音を操る。会場からたびたび拍手が湧く。 良かった。お客様も満足して帰られた。 2000年10月13日 09時33分01秒 |
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見舞い |
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10月12日。順天堂病院にT・E氏を見舞う。目は眼こうに沈みかつての輝きはなく、握手を求めて差し出された手は肉が落ち痩せ細っている。手を握ると意外に暖かい。熱があるのだろう。「良く来てくれたね」とほほえむ顔が痛ましい。 2000年10月13日 09時29分11秒 |
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10月展を観る |
| 10月11日。京橋の「ギャラリーくぼた」に恒例のグループ展を観る。 4時頃会場におじゃますると忠隈さんが当番、「きょうは一人なのよ」と明るく迎えて下さった。客はいない。懐かしい絵たちが並んでいて、ほっとする。でも、森津さんの絵に猫がいないなとか竹田さんは今年は山かなどと絵の違いを観る。 「みんな一生懸命描いてるでしょう?私のは小学校の絵よ」と忠隈さん。私の好きな絵だ。今年もほのぼのと暖かい分かりやすい絵が10点ほど額装しないで壁に止めてある。ブルーが好きだとおっしゃるだけあって、青の形や変化が素敵だ。真っ赤な絵が2枚。「たまに赤が描きたくなるの」。激しいタッチ、その端の所々に刃を入れて紙がはぎ取ってある。完成を拒むようにも見える。「ちょっと事情があってここは見せないの。でも面 白いでしょう?」 加藤さんは没頭して色を置いているあの世界がここにある。これも「お元気でなにより」 原さんもいつものように明るい、汚れのない絵。今年は特に輝く顔が印象的だ。 花びらの浮く湖面に映る木の、緻密に描き込まれた絵。ヒマラヤの激しい高地を幻想的描いた絵。強烈な赤の固まりを支える紺の波紋。勝手に想像を膨らませながら楽しい一時を頂戴してきた。時間があったらもう一度行きたい。 2000年10月11日 19時22分12秒 |
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櫻井美紀の語り デオドラ |
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10月10日。櫻井さんのケルトの民話からの再話。デオドラをハープとの共演で読まれた。静かで実にソフトな語りでありながら体中が聞き耳をたてる。怖い残酷な話が心にキズをつけながら、ほっと癒しのシーンが織りなす希有な世界がホールに拡がる。 共演したハープはケルトの説話が生まれた時代のレプリカで、普段目にする楽器と較べると半分くらいの大きさ。リュートのような響きで、繊細で、饒舌で、とても面 白く聴けた。鳴らす楽器ではなく、語る楽器だ。 2000年10月11日 12時32分20秒 |
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琴の勉強会。母の一日。 |
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10月9日。朝から雨。次第に雨足が強くなる。母の琴の勉強会だというのに。 送迎を仰せつかった私と息子は、昼休み時間にいったん帰宅し、3時頃再び会場へ。母は全部聞くのだと会場に残った。 5時近くお開き。このあと反省会があるというが、岩田先生の「お疲れでしょうからお先にどうぞ」をいいことにして帰途についた。母も数々の名演、ことさら最後の「尾上の松」にはいたく感動していた。よい一日だった。 2000年10月09日 17時38分52秒 |
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「語り・朗読ウィーク」メル・ソレイユ朗読会 |
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10月8日。「語り・朗読ウィーク」の3日目。メル・ソレイユ朗読会の「こどもの情景」。6人の語り手が次々に。最後の子猫物語は全員が短い話を読みつないでいく。講談なら車読みといったところ。 |
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ROSA ROXA ショーロの夕べ |
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10月7日。ROSA ROXA(ホーザ・ホーシャと読むそうだ)の「ショーロの夕べ」。客入りは50〜60と聞いていたのに、開場まもなく用意した席はいっぱい。気持ちの良い秋晴れに出足が良い。ワンドリンクつきだが、準備したワインはたちまち空になってしまった。あとからのお客はウーロン茶とか紅茶で喉をうるおす 今回は真ん中にステージ、周りをお客が囲むというスタイル。演奏者は円状に中を向いて座る。そのためか、客が入りすぎたのか、音が広がって来ない。いまいちノリが良くないように感じる。演奏後知人も同じ事をいっていた。 |
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「語り・朗読ウィーク」神部洋子のお話の会 |
| 10月6日。「語り・朗読ウィーク」の2日目。神部洋子さんの「秋のお話・一期一絵」。きょうは独り舞台である。「まゆみ」という自作・自演もあってユニークな会になった。 もし、ホールにかかわっていなかったら、生涯触れることがなかったであろうステージで、まさに「一期一会」だ。 神部さんは甘い声、純朴な語り口で、ユニークな間をとりながら、語り続けていく。「まゆみ」は一人称で体験を語るのだが、主人公の心象を一切見せず、感情の入らない不思議な世界を創っていく。叙述が重なりながら聴衆に像を創らせる。問題提起も解決もしない。 「メリーゴーランド」も内容は違うが同じ手法である。これまでに聞いた語りにはなかった。 2000年10月09日 17時25分15秒 |
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「語り・朗読ウィーク」ASK櫻の会 |
| 10月5日。 コア石響10周年記念に「語り・朗読ウィーク」を企画。その初日である。 豊穣の秋・風があなたに届ける「九つの物語」。おひとり一話で九人の語り手がステージにたった。といっても昼間の公演だったので聞けなかった。家人の話では「面 白かった」そうだ。遠い昔に聞いた話が懐かしかったという。 語り部として円熟した芸を聞かせてくれる方も多かったという。 後日、その出演者の一人から、大きな梨が一箱届いた。森洋子さんだ。一番良かったと噂していた方である。ごちそうさま! 2000年10月09日 17時24分04秒 |
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神田紫の読み語り「雪になる」 |
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10月3日。神田紫師の「雪になる」を観た。新感覚の読み語りドラマとある。サックス演奏で加藤朝雄氏、幕開き前にソプラノの木山みずほさんの「かざぐるま」という歌。読み語りはもちろん神田紫さん。 病床のお澄。窓から見える蔦の葉が一葉また一葉と落ちていく。最後の一葉が落ちるとき自分の命も終わるのだと思いこんでいる。看病する浩吉。同じ長屋に住む年老いた喜三郎がみぞれ降る夜、蔦に自分が描いた葉をくくりつけるが、雨と風に濡れ、死んでしまうが、いつまでも落ちない最後の一葉を見ながらお澄は回復し、浩吉と結ばれる。 紫さんは熱演である。素晴らしい。今まで見てきた「女の情念」ものより素直に見ていることが出来た。真剣に取り組み、作品の内容を余すところ無く演じきっていたと思う。見て良かったと思う舞台の一つになった。サキソフォンとのからみ、講談仕立ては、なかなか観ることの出来ない舞台だろうがちょっと違和感を感じた。まあ、洋ものの翻案だし、講談師の読み語りだから仕方ないのかも知れない。 2000年10月05日 17時47分46秒 |
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ガムラン「王様の夢」 |
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10月1日。ガムランによる「王様の夢」。ガムラン演奏とワヤン。前回に続いて来日中のスダルサナ氏が特別
出演。寸劇がストーリーを進める。バロンクラブの鍋島さんの企画・構成である。 さて、舞台の構成が素晴らしい。布を巧みに使いこなして色明かりをふんだんに使っているかのような効果 を出していた。鍋島氏の構成で、コア石響の過去の舞台にはなかった新しい構成だ。壁の向こうに広がりを感じさせ、小さいホールがゆったりと大きく見える。彼は、空間の構成がすばらしい。 終了後のスタッフ打ち上げに招かれて参加したが、みな満足そうだった。写 真は整理出来次第UPしよう 2000年10月05日 17時45分42秒 |