9月


酔い日は・ 酔い日の・日記
東京・四谷に 面白いホールがあります。
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ガムラン・「王様の夢」

 10月1日。ガムランによる「王様の夢」。ガムラン演奏とワヤン。前回に続いて来日中のスダルサナ氏が特別出演。寸劇がストーリーを進める。バロンクラブの鍋島さんの企画・構成である。
 年老いた王様が王位を王子に継承する物語。継承の儀式を前に王様がいなくなる。家来たちは王様を捜しにいくがなかなかみつからない。当の王様は、若い踊り娘たちの踊りを見ながら昔を懐かしんでいるのか?そんな筋書きのようだが、元の話を知らないからよく分からない。寸劇は、携帯電話や国勢調査の話が随所にちりばめてあって観客は爆笑。小さな子もキャッキャと笑いまくっていた。ガムランを熟知している人には「本物と違う」と不満だったようだが、楽しむ芸としては大成功ではなかったかと思う。
 大きなバロンが登場して観客のどぎもを抜く。オイオイ!撮影禁止になっているのに、タレントの記者会見なみにフラッシュがとぶ。わがおじいちゃんも負けじとシャッターを押している(フラッシュはちゃんと切ってあります)この舞台写真は翌日には見ることが出来るだろう。

 さて、舞台の構成が素晴らしい。布を巧みに使いこなして色明かりをふんだんに使っているかのような効果を出していた。鍋島氏の構成で、コア石響の過去の舞台にはなかった新しい構成だ。壁の向こうに広がりを感じさせ、小さいホールがゆったりと大きく見える。彼は、空間の構成がすばらしい。

 終了後のスタッフ打ち上げに招かれて参加したが、みな満足そうだった。写真は整理出来次第UPしよう。

2000年10月02日 18時34分07秒



運動会

 日本中を一色に塗りつぶしたシドニーオリンピックもいよいよあと1日となった30日、太郎・浩太の大和小学校の運動会。太郎から招待状が届いたので、7時半に家をでた。太郎が走るのが9時20分。ぎりぎりで間に合った。良い天気だ。都心では見られない「土」のグランドで大勢の子供たちが動くともうもうと土煙があがって靄がかかったようになる。

 太郎は3年生の80メートル走7組目に走って1着でゴール。

 1年生の浩太は50メートル走に出場してこれまた1着。午前の部の最後にはリレーの第三走者として出場したがこのチームは惜しくも2位でゴール。金2,銀1という成績だった。

 競技の他に太郎は「キッズ・そーらん」に出場。3年生全員、それぞれ自分で作ったハッピを着てソーラン節を踊る。太郎はリズムに乗って大きい動きで良かった。浩太は鈴割りに出場。鈴がなかなか割れず、やり直すというアナウンスが入った瞬間白の鈴が割れ、試合続行。やがて赤の鈴も割れるというハプニングがあった。

 昼食は選手がそれぞれ親たちと一緒にとり、午後の部に備える。午後の部は6年生の「鼓笛パレード」で始まったがこの頃からぽつぽつ大粒の雨が降り始めた。浩太は「OK!」という遊技に出場5色の房を振っての綺麗な、かわいい踊りに拍手が湧いた。5/6年生の騎馬戦、踊り「エイサー」とプログラムが進むにつれて雨足が激しくなり、競技中止のアナウンス。しかし、入場ゲートに待機している5・6年生のリレーだけは結構という事になったが、太郎が出る「とびつきつなひき」や、全員参加の「旗送り」などは残念ながら中止となった。閉会式も延期となり幕を閉じた。

 家へ帰って、ヴィデオを見て、夜は「夢庵」へ。子供たちはうどん、ジイジとお父さんはビールで乾杯。雨にたたられ残念だったが久しぶりに良い一日だった。写真はいずれヴィデオからアルバムを作ろうと思う。

2000年10月01日 23時44分40秒



てん・仁智マラソンライヴ写真集

 てんさんの10日間にわたる無謀とも思われる箏のマラソンライヴもいよいよ最終日となった9月28日。毎日ヴィデオをまわし、翌日にはHPに掲載した(時には2日分をまとめて等というときもあった)。フォトハイウェイという写真専用のサーバーを使ってのアルバムである。50メガ使えて無料。無料の分広告が入るのはやむを得ない。コア石響の催事の写真アルバムが14アイテムになった。

コア石響のホームページへ行って
ご覧ください。

2000年09月29日 18時25分19秒


てん・仁智マラソンライヴ最終日

 最終日。初心に返るというタイトルで、てんさんの自作曲の独奏である。舞台はロウソクのの光にうっすらと浮き上がっている。一応ヴィデオを廻したが、映像は期待できない。音は入るので最後まで廻し続けた。

 コア石響で何度も聴いた曲だし、暗いステージも見慣れている。何かほっと安心して聴けた。かすかな音がスーッと伸び隅々までしみ込むように響く。響くというより流れると言ったほうがよいかもしれない。ライトが明るいとかすかな音は途中で消えてしまうようだ。やはりてんさんのオリジナル曲はあまり明るくない方が良い。などと勝手なことを感じながら聞き入った。

 演奏後、お客様からてんさんの3っつの質問にタイする、てんさん自身の答えが聞きたいとの声がかかった。自分が疑問に思っていることを聞いたが、自分は明確な答えは出来ず、迷っているばかり、との答え。

 今回の10日間のライブはイメージチェンジへの思いもあったようだが、私が感じる限りイメージを無理に変えようとしない方が良いと思った。

 最終日とあって、西江先生が聴きに来ておられた。演奏後のてんさんに「3っつの質問:1.音楽は人を救うか?救われる人もいるが、音楽家は救われることがない。2.100年後?残らない、残ってはいけない。3.CDとライヴ?CDは借りてくればただで聴けるがライヴは出かけていってお金を払って聴く、そこが違う。」西江先生らしい回答だ。

 いずれ、いろいろな分野の人たちとのトークの内容を要約してこの日記とHPに乗せてみたいと思うが、トークも累積すると10時間を超えるので、はたしていつまとめられるか、疑問だ。見通しはたたない。

2000年09月29日 18時18分21秒


てん・仁智マラソンライヴ9日目。ゲスト=武久源造氏

 クラビコードの演奏。確かに小さな音だが、耳が慣れてくると何とも味わい深い音が体中に沁みてくるように語りかけてくる。武久さんの解説によれば、昔の楽器は語ったが、ホール演奏が始まってから次第に音が大きくなる様に改良され、今のように全てが大きな音になったという。昔は屋外用の楽器と室内用の楽器が明確に分かれていて、決して混用はしなかったそうだ。
 当時は、室内用の楽器は石の部屋の中で弾かれていたのでよく響き、大音量は必要なく、柔らかい音で語りかけたのだと言う。室内には絨毯が普及し、演奏もホールに移って行くと、小さい音の楽器は滅びていったのだそうだ。
 クラビコードはいくつもの音が明確に分かれて聞こえる。いくつものメロディーが重なり合い、心の中に広がって行くようだ。

 トークは毎回繰り返される「音楽は人を救うか?」「今演奏している音楽は100年後まで残ると思うか?」「CDとナマのライヴはどう違うか?」という質問に答えていく形式だ始まった。武久さんのお話は実に痛快な文化論になっている。博学だし、いま開催中のオリンピックや、相撲の話まで入りながら音楽や楽器の話が進んでいく。分かりやすい。

 休憩後はてんさんの箏と武久さんのクラビコード、チェンバロ、それに奇妙な音の出るオリジナル楽器によるセッション。この日は、箏とのやりとりが絶妙で、素晴らしかった。2回目と言うこともあって、お互いの演奏の呼吸が合って来たのか、聴く方の耳が慣れてきたのか、いずれにしても今回のシリーズの中では一番良かったと思う。

 演奏が終わってから、「ビールで乾杯をやるから来て下さい」の伝令がくる。ヴィデオからHP用の画像を撮っていたが、早々にして「乾杯」に参加。そのため、アルバムの作成が後回しになってしまった。

2000年09月28日 16時49分03秒


マラソンライヴ8日目。ゲスト=女優・新井純

 8日目はことばとのセッション。アングラ演劇でならした女優・新井純さん。幕開けはリルケの戦争の詩。朗読というより芝居語り。すごい声量で圧倒される。
 トークのあとは「夢十夜」の朗読に箏の演奏がかぶさる。即興で演奏していくのでやむおえないが、舞台音楽のように、語りの進行と関係なく演奏されるわけではないので違和感のある部分がかなりある。だが、意味を持つストーリーと同時に演奏されているので、独自の舞台空間が創出されていくので非常に面白い。

◆ライヴの写真アルバム◆

2000年09月27日 11時39分10秒


TEN 10Days Live

 マラソンライヴ7日目ゲスト=舞踏・北野  マラソンライヴ7日目は舞踏とのセッション。てんさんの演奏のあと、突然明かりがきえた。壁に懐中電灯が丸い光の輪がでる。壁を這うようにゆっくりした動きで舞踏が入ってくる。しばらくして突然ライトが入る。躰が幾重にも折れ曲がって状態で動いていく。
 トークを挟んで第二部も踊りと箏の即興ライブ。今度は白装束でゆっくりと舞う。再び瞬間停電。と白装束を脱いだ踊り手がいる。終始一貫して動きは緩やかである。小さく切った羽根の山を足で崩して舞い、その羽根を手に取り撒き散らす。美しかった。
 踊りという目に見える動きがあるので箏の曲にも意味を感じて良かった。しかし効果音ではないので同じ曲想が繰り返されると面白くない。ストーリーは重要ではないのだろうが、意味が分からない。身体表現と言うからには、なにか(それが具体的なものである必要はないが)が分かりたいとと思いながら見ていた。

◆ライヴの写真アルバム◆

2000年09月27日 11時36分59秒


TEN 10Days Live
 マラソンライヴ6日目。この日ゲストなし。てん・仁智のワンマンショウである。日曜日の夜とあって客は薄い。昨日も聴いた「8段の調」から始まる。江戸時代の復元演奏だという。飾りのない曲だ。続いててん・仁智作曲の曲が演奏された。実験的な曲が多いのに気づく。古典といわれる箏曲が当時弾かれていたであろう奏法で演奏される。聞き慣れた曲とは少し違う。だが、聴衆は箏の演奏に何を求めて来るのだろう。難しい問題だ。
 琴でバッハやベートーベンを弾く演奏がある。なぜ琴でバッハを弾く必要があるのだろうといつも思う。だが、今行われていない古い奏法で演奏することが箏の復権になるとも思えない。だがこの演奏はなかなか聴き応えがあって良いと思う。

◆ライヴの写真アルバム◆

2000年09月27日 11時35分34秒


てん・仁智マラソンライヴ6日目

 この日ゲストなし。日曜日の夜とあって客は薄い。昨日も聴いた「8段の調」から始まる。江戸時代の復元演奏だという。飾りのない曲だ。続いててん・仁智作曲の曲が演奏された。実験的な曲が多いのに気づく。実験的ということはほとんど聴いたことのない曲だ。それを評価出来る耳を持っている人にしかわからない。即興演奏を聴くのと変わらない。冒険である。てんさんの曲は何度も聴いているのでだんだん親しみが出ている。いい曲である。だが、てんさんは自問する。こんなことを続けていて良いのだろうかと。音楽は人を救うことが出来るのだろうか。音楽は人を幸せにすることが出来るのだろうかと。常に疑問を持ちながら、だが、やめることは出来ない。
 むつかしい問いだ。ある人は救われるかも知れない。同じ人でも違う場所で聴けば感じることが違うだろう。聴いたときが違えば別の反応になるだろう。会場に「京都のお寺でてんさんの演奏を聴いて、躰がふるえるほど感動した」という方がみえていた。お寺で、暗いお堂の中という環境と自分のその時の境遇という、その時の感動だったという。そのときの聴衆の心のありかたなどによっても、音楽が与える影響は全く違う。
 同じく会場にいらした現代音楽の評論家の先生も「それは哲学の問題だが、医学や建築などはそのものが機能を持っているが、音楽(芸術)には機能がない。だからそれが何かを行うということはないのではないか」と言うような意味のことを言われていた。以前、西江先生が「美しいものはなくても生命にかかわることはない」というお話を思い出した。結局、伝わる、伝わらないという問題を考え出すとどうどう巡りになる。

マラソンライヴ6日目の
◆写真アルバム◆

7日目は「びっくり箱」、何が出るかお楽しみの日。ゲストは今のところ覆面。

2000年09月25日 13時03分34秒


てん・仁智マラソンライヴ5日目(ゲスト=三宅榛名さん)

 長丁場のライヴも5日目。半分過ぎた。

 作曲家・演奏家として活躍している三宅榛名さんがピアノ演奏で参加。はじめはモーツァルト。昔聴いた耳慣れたモーツァルトではない。ユニークな演奏だと感じた。
 トークはちょっと重い。ここ5日間聞き続けているが、この企画は非常に有益であるが、一日だけ聴いて帰る人にとってはどうだろうか。アンケートにはおもしろい話を聞けてよかったとあるが、さらっと通 り過ぎる日常の一齣でしかないのではないだろうか。いろいろな人のトークを重ねて聴くとそれなりに蓄積されるものがあるが・・・

 ピアノと箏のセッションはどうもかみ合いが良くないと感じる。楽器にしても、音楽にしても、ルーツが違うとかみ合わないのではないか。血が異なるというかDNAが違うのか、よく分からないがしっくりこない。日本語と外国語で喋っているような変な時間が過ぎた。お互いに意気投合してのセッションであればもっと聴かせるのだろうが、純粋に音だけの世界での可能性をぶつけ合うというのでは、大衆的ではない。

 次、第6日目はてんさんのトークをキイに構成するという。
ステージの写真
てん・仁智ライヴ#4(ゲスト=三宅榛名)をご覧ください。

2000年09月24日 17時08分15秒


「ケプラー・あこがれの星海航路」を観て

 篠原久美子さんの作品。99年度文化庁舞台芸術創作奨励賞受賞記念公演「ケプラー・あこがれの星海航路」(今回が初演)をアートスペース・ワセダに見に行った。

 幼児の激しい泣き声で幕開き。そこえ天才天文学者ヨハネス・ケプラーを守護するために舞い降りた天使。どう間違ったのか泣きわめく赤ん坊ハインリッヒを祝福をしてしまう。のんべえの父。気の強い母。うちの中はお互いにわめきちらす騒々しい家族。愉快といえば愉快、痛快といえば痛快な家族である。ヨハネス・ケプラーはこんな家族の中で育つ。ヨハネス・ケプラー(ヨハン)はいくつになっても月に行きたいという知恵遅れの弟に「一緒に行こうね」と約束する。
 気の弱いヨハンだが、大学へ進み牧師になりたいが、数学の教授に科学者になるよう勧められる。ルーテル派のケプラーは、宇宙の調和という本を出し、認められるが、プロテスタントの標的になり、身辺は穏やかでない。
 やがて、母(藤あゆみ)が事実無根の濡れ衣で魔女裁判にかけられるが、ヨハンの才覚で無罪となる一齣がある。折しも、弟ハインリッヒは山羊に蹴られてしんでしまう。一足先に月へいってしまったのだ。
 荒唐無稽な遊びをちりばめながら鋭く現代の歪みをえぐり出してみせてくれる。

 2時間半。ちょっと長いな。最後の宇宙飛行士の話は、ここでわざわざ持ち出す必要はないと思う。ヨハンが現代に向かって朗々と述べるメッセージで幕が下りる方が作品の重みと広がりがでたのではないか。このセリフの気迫に観客は胸を抉るような気迫を感じただろう。

 タケスタジオ企画制作だけあって照明は抜群の出来。

 ついでだから、チラシに書いてあるケプラーの三法則を転記しておこう。
 1) 惑星は太陽を中心とする楕円軌道を描く.
 2)太陽から惑星に至る直線は等時間に等面積を描く.
 惑星の公転周期の二乗は太陽からの平均距離の三乗に比例する。
 ご存じでしたか? 私はとっくに忘れてしまっていました。

2000年09月23日 18時32分21秒


てん・仁智マラソンライヴ・4日目(ゲスト=竹内明彦氏)

9月22日。マラソンライヴ第4日目。邦楽器の作曲家・演奏家であり、また、西洋楽器の製作にも携わる竹内明彦氏が三味線と笛で参加。

 邦楽どうしの共演だから耳慣れた音と曲想のセッションになると思っていたが、ちょっと勝手が違う。解説によれば竹内氏は長唄の三味線だという。音が強い。長唄は劇場音楽だから、音が大きいそうだ。
 箏は地唄でしっとりした演奏が特徴。平家琵琶に源流を求めることが出来るのだそうだ。

 トーク。音楽は人を幸せにしますか?の問いに、もちろんと即答。いま、三味線や笛を教えているが、60歳を過ぎてはじめて習う人も半年で弾けるようになり、とても喜ばれているそうだ。「お金はあの世に持って行けませんが、身に付いた芸は持って行けますからね。三途の川を渡るとき、長唄を閻魔様に聴かせたら、極楽行きになりますよ。だから、極楽に行きたかったら、ちゃんと弾けるようになるまで死んではいけませんよ」。おもしろい!

 CDについて。「CDには音しか入っていません。ライヴには「気」があります。音楽は音だけではないんです」なるほど、納得!

 楽譜について。「楽譜通りに弾かなければならないという教育はまちがいです。音楽を演奏しないで楽譜を演奏するのは逆でしょう?楽譜が不要だと言っているのではありません。オーケストラなどで楽譜がないとこまります。楽譜は音楽を演奏することが出来る人のためにあるんです。」

 100年後にもこの音楽は残ると思いますか・の問いに対して。「残ります。すでに何百年も残ってきた。ただ、今の演奏がそっくり残るかどうかはわかりません。時代とともに変わりますからね」。

 ライヴの模様を写真アルバムにしました。 てん・仁智ライヴ4日目(ゲスト=竹内明彦)フォトアルバム をご覧ください。
なお、初日から機能までの写真は下記に掲出してあります。

2000年09月23日 18時30分57秒


箏と大鼓のすごい競演だった

 9月21日。てん・仁智「箏」マラソンライヴ3日目だ。

 この日、能狂言の世界では有名な大倉正之助氏が大鼓でてんさんの箏とセッション。以前、一度、コア石響で聴いたが、箏の音が女性的だとすれば、鼓は荒々しく男性的だとも言える。さあ、どうなるのだろう。てんさんは、大倉さんに音での斬り合いを申し込んだという。果たし合いだ。果たし合いなら、稽古はなしでいいだろうと音合わせやリハーサルは一切やってないと大倉氏。始まる前から殺気が漂う。

 演奏会は始めてんさんの箏演奏で始まり、続いて大倉氏の大鼓のソロにバトンタッチ。どうした?いつまで経っても音が出ない。聴衆に迫る沈黙が延々と続き、緊張感が高まる。その時一打。緊張している躰に響く音に驚愕する。乾いた拍子木の音のような鋭い一打だ。その音の塊が飛び去ったあとに再び無音が続く。残響などは全く感じない。音の塊はあらゆる物を突き抜けて去り、後には無音の空間が残る。また一打。そして沈黙。次に鳴るであろう音を恐れるかのように聴衆は固唾をのんで集中が高まる。能の世界だ。一音で万物を表すというのだろうか。音と静寂が積み重ねられていく。その間隔が次第に短くなり、ついには乱打。声がかぶさる。言葉はない。うなるのではなく吠える声だ。鼓の音と吠える声が湧き出るように続く。聴く者の躰の芯に響いてくる。すごい演奏だ。いや、演奏などと言うスタイルを感じさせる言葉では表現できない。いわゆるメロディーもリズムもない。ただひたすら命の鼓動を感じさせるのである。やがてこのソロも終わった。

 続いて、てんさんと大倉さんのトーク。今回のライブで競演するすべてのひとに同じ質問を用意しているてんさんが、音楽は人を幸せにしますか?百年後に残っていると思いますか?CDとライヴの違いは?と問いかける。大倉さんは、音楽は間違いなく人を幸せにするし、百年経っても当然残っている。CDは完璧に作られるが、演奏の全てではない、と明快な答えである。

 休憩をはさんで、いよいよバトルである。これまで聴いたり感じている音からは、どうなるのか全く推測できない。しかも進行の打ち合わせは全くしていないと言うから、果たして成立するのかという疑問さえ頭をよぎる。これも長い沈黙のあとに一音が打ち込まれた。呼応して箏が鳴る。鼓が打つ。箏が弾いて声が乗る。てんさんの声が空間に満ちる。すごい声だ。絃がはじかれ、こすられ、叩かれ鼓の鋭い音の間を縫って飛び回る。素晴らしい音の海に浸ることが出来た。成功だと思う。

 昨日のチェンバロとの競演は、かみ合いが良くないように感じたが、きょうは「和」どうしの競演だからいいと思ったのか?同じ言葉を話しているから分かるのか?チェンバロが饒舌だからだろうか?楽器自体の音が近すぎるからなのか?それはよく分からないが、何となくそんな印象が残っている。少なくとも昨日はチェンバロとの闘いでは無かったようだ。

 きょうは第4日目。古曲「八段」の笛・三味線を交えての演奏だという。楽しみである。

2000年09月22日 16時30分30秒


箏マラソンライヴ・2日目・ゲスト=武久氏のチェンバロ

 チェンバロの武久源造氏を迎えての10デイズ・ライヴ2日目。
 てんさんのソロで始まり、続いて武久氏のソロにバトンタッチ。ルネッサンス時代にメモに残っている楽譜(らしきもの)から復元した曲(断片)を続けて演奏。チェンバロがよく鳴って素晴らしい音が充ちる。第一部の最後はバッハのシャコンヌ。ヴァイオリン独奏曲を武久さんがチェンバロ用に編曲した。これが素晴らしい。絶え間なく音が湧きあがってくる。こんなに生き生きしたバッハを聴いたのは初めてのような気がする。とにかくすごい。演奏後のトークによれば、氏の演奏は装飾音やテンポがその時々により異なり、常に進化している筈だという。さもありなんである。

 第二部はてんさんと武久さんとのトーク。あなたの音楽は100年後まで残ると思いますか?CDとライヴの違いは?などというてんさんの問いかけに答える武久さん、100年後にはCDもライヴもどちらも残っていませんね。そのころは世界の人口は100億人を超えていて、みんな段ボールハウスに住んでるでしょう。だからライヴは山の上とか洞窟の中とか、どうしても人が住めないところでやることになる。東京タワーの天辺とか。そのころにはホールなんか無い。コア石響?ここはホールじゃない。演奏者と聴衆が同じ場を共有出来る場所ですが、ホールというのは額縁で仕切られ、演奏者から聴衆への一方通行の演奏をやるところですから、人口100億の時代には、こんな勿体ない場所の使い方はできませんよ。
 私は阿佐ヶ谷の音楽家です。次は世界です。東京の音楽家とか、日本の音楽家というのは無んです。阿佐ヶ谷の次は世界です。その中間は意味がない。

 CDは、完成されたものができますが、ライヴはその時々で進化したり、あまりよくなかったりする。その時の、いまの演奏が前の演奏と違う。そこがライヴの意味です、と言う。でもCDは必要です。バッハの時代はいつでもバッハの演奏を聴いていて、その他の演奏はない。たまには遠くから聴きに来る人がいるかもしれませんが、CDにする必要がない。ところが今はCDがないとその演奏家の位置づけができない。一つのよりどころというか、安心感を持つために必要です。

 説き来たり説き去る軽妙に飛躍していく独特の話法に聴衆は爆笑しながらも武久氏の世界に包み込まれていった。

 チェンバロを床においてあぐらかいて、琴とのセッション。そして最後にあぐらをかいてのチェンバロ独奏。一度やってみたかったそうだ。

2000年09月21日 13時50分50秒

ロッテ&箏マラソンライヴ

19日。
 ロッテ
 俳優座の「ロッテ」を青山円形劇場で観た。
3時間にわたる長尺物である。冗長であるが、叙事的な芝居としては仕方ないか。前半はかなり退屈したが、主演女優はすばらしい。
 後半、飯原さんが活躍するが、コア石響で繰り返し演じている「友情」のイメージと重なって笑える。

 箏ライヴ
 夜は、てんさんのマラソンライヴの初日。宙づりになった写真の下で演奏会が始まる。初日は、今までてんさんが演じてきた曲の展覧会という趣向だ。
 客は薄い。イメージを一新するという試みで、衣装は洋装。ライトも明るい。あと9日間、いろいろな音楽ジャンルの人、声優などとのセッションがあるというので、楽しみだ。
 今回のライヴでは古曲も弾く。
 初日、演奏が終わったあと涙ぐんでの挨拶。それは何だったのだろうか?
客がはけてから、初日打ち上げ。これから長丁場なので、10時半ころに切り上げた。今回は、同じ曲を繰り返しての10日間ではない。毎日が新しい舞台という冒険だ。20日はチェンバロとのセッション。

 ホームページに速報しようとしたが、どうしても画像がUPできない。何が原因かわからないが、会社のMACから画像を送るとトラブルのだ。

2000年09月20日 16時28分41秒


平曲 後藤光樹 「鹿谷」「足摺」 

9月17日。石響で3回目になる平曲の演奏会。台風17号の影響で朝から時折雷を伴う激しい雨が降る。客の出足が心配だったがほぼ定員満席の入りに一安心。今回は難解な歌詞の現代語訳を語り部の会の櫻井美紀さんが朗読するという新しい試みが加わり、成功した。

平曲なるものをはじめて聞いたとき、ただ平板に聞こえていた曲が次第に判ってきて興味がわいてきた。特に声の出し方や間と伸びのからみなど今にない語りかたが面白い。これらの曲が成立した時代と現在ととでは、時間の長さが全く違うのだと感じる。現在は同じ時間の中で考えたり感じたりすることが多い。言い換えれば、一つのことをやるのに時間をかけない。それが現代なのだろう。だから、当時の音楽も文学ものんびりしていると感じる。それを理解する必要があるかどうかは別にして、伝統は今の尺度では理解できない。古い時代を理解することは、アンバランスに進化していく時代に歯止めをかけ、人と社会に潤いというバランスを取り戻すことに繋がるのではないかと思う。

 櫻井さんの朗読は秀逸であった。芸もさることながら、舞台の構成のなかで、当意即妙、出過ぎもせず、引き過ぎもせず、淡々とした語りが心に沁みてくる。平家物語は初めて読んだそうだが、朗読がこれほど人の心を引きつけるのはなぜだろう。いくら技術を磨いても、このようなプレゼンスが出来るものではない。良いものに触れると生き方が豊かなる。

 観客の層も広くなった。尺八の藤由さんも見えて余興に缶ビールや酒のビンを吹いた。白拍子や唱名の「祇王祇女」のメンバー4人も見えた。他にもいろいろなジャンルの方たちが聴きにきておられた。

 天候が悪い中これだけの盛会だったことは、次には更に大きくなるだろうと思う。

2000年09月18日 11時48分51秒


吉岡光悦氏プロデュース、マリンバライヴ

 9月15日。吉岡光悦氏プロデュース、マリンバライヴ。

ドラムの即興演奏でオープン。はじめからしびれるようなリズムと音に感動。なぜドラムはこんなに人の心を捉え揺さぶるのだろうか。
 続いて深町氏のピアノ即興演奏。即興だから初めて聴く曲に決まっている。だが、懐かしい、心和む演奏である。
 会場から募ったメロディをテーマに2曲の即興演奏。短い単純なメロディが大きく膨らんで聴衆を包み込んでしまう。深町氏の話によると、昔は常に演奏されていた即興というスタイルだが、今は、やる人がほとんどいなくなったそうだ。演奏時間が決まらず、演奏会が成り立たないという。興に任せて演奏が続くから、プログラムができない。曲名も案内できない。まして放送に乗せることはできない。だから需要がないという。
 深町氏は続ける。今を生きている日本人の音楽を欲しがろう、要求しよう。それを実現するのが即興演奏というスタイルによって広がって行く。ベートーベンもショパンも優れているが、なぜ日本から現代の音楽が生まれないのだろう。日本の音楽というと三味線や尺八になって仕舞うのは何故なのか?そんなトークがあって、打楽器とピアノのセッション、マリンバとピアノのセッションと続いて行く。

 そして、10年近く前、吉岡氏が深町氏に委嘱したと言う「デジット」。ピアノとマリンバのジェットの様な奔放なデュエットという意味の造語だそうだ。

 10分の休憩を挟んで約2時間の演奏会は深い感動を残してあっという間に終わった。終了後、演奏家と聴衆の懇親パーティがありうち解けたムードで2時間ほどが過ぎた。皆、満足。

会場が片づいたあと、屋上で打ち上げパーティ。夜の更けるのも忘れて延々と会話が弾んだ。私は、酔っぱらったのと、胃が痛くなって9時頃休んでしまったのが残念であった。

2000年09月18日 11時01分53秒


「にごりえ」

9月13日。こんにゃく座「にごりえ」を観る。前回の「吾輩は猫である」に続いて「こんにゃく座」を観るのは2回目。
明治20年頃の花街を舞台に、当時の女の心を写した樋口一葉の作品による山元清太の台本・演出、萩京子の作曲によるオペラ。
3時間に及ぶ上演時間で、しかも淡々とした進行はさすがに長く感じ、途中で飽きて来る。15分の休憩をはさんでドラマは盛り上がって来るが、「猫・・・」のような面白さはない(作品の内容から言って当然だが)。

オペラというが、音楽はピアノ+ヴァイオリン+チェロのトリオで、いわゆるオペラのイメージではない。文語体の歌詞は曲に良く乗ってよいのだがフレーズが短く刻まれていて、科白とも歌ともつかない。舞台装置はリアルに創られていて、見事であるし、照明も良い。
舞台を構成する要素の一つ一つはそれぞれよいのだが、まとまりがいまいちだという気がする。

演出は「能」の舞台を彷彿するようなところが非常に印象的だった(よかった)。
役者さん。竹田(お初)、鈴木(お力)、田中(お六)、川鍋(辰)、内山(弥助)が良かった。

台風14号の影響で雨模様。はねたのが10時とあって、駅前のMACでハンバーガーを食べて帰宅したのは11時を回っていた。

2000年09月14日 17時28分52秒


AOLはだめだ。

AOLは世界最大のWEB・プロバイダーだそうだ。長いこと利用していたが、最近になって、運用が思うようにいかなくなった。不便だ。FTPでサイトを書き換えようとしても、MACではISDNに対応していない。LANからも入れない。ADSLからも入れない。カスタマーサービスにプロバイダ経由でFTP接続する方法を問い合わせたところ、電話線をどこかから引いてきてMODEMでダイアルアップで利用してくれという。MACではISDNにも対応していないくらいだから、ADSLやLANからの接続は出来ないというのである。

かくして、永年キイにしていたAOLだが、100年の恋も一瞬に褪め、引っ越しを決意した。

ところがこれが大変である。「わいわい村」はあらゆる所にそれこそ蜘蛛の巣のようにリンクしながら運用しているので、どこに何があるか、それをチェックするのが一仕事。本当に引っ越しなど出来るのかどうか・・・21世紀当初にはsyakkyo.comに本宅を移したいものだ。

2000年09月12日 17時23分50秒


中秋の名月ライブ

9月9日、10日はタブラトゥーラ・中秋の名月ライブ 恒例夏のライブ。去年までは8月にムンムンライブなどと銘打って猛暑にチャレンジするライヴだったが、今年はちょっと外して9月初旬。天気予報は所により豪雨とある。このライヴは、屋上パーティが定番。ところによったらどうなるのかと、スタッフ一同気が気ではない。北の空には厚い入道雲があり、稲妻が光っている。しかし、二日とも空は晴れて、お客様はパーティを堪能された。

2000年09月12日 16時59分52秒


「嗤う井右衛門」

9月1日〜3日。大江戸紙芝居「嗤う井右衛門」4回公演無事終了。好評でした。

いろいろな人が見ました。いろいろなジャンルの方々の顔が見られました。紙芝居と芝居のコラボレーションなどというものは、なかなか見ることが出来ないだろう。しかもほんものの紙芝居師など、今となってはそうざらにいるものではない。

口うるさい人も大勢見に来られたが、おおむね「面白かった」と絶賛。細かいところではいろいろな指摘はあったが、この企画は成功だったと思う。

2日目の9月2日は記録的な暑さで38度。関係者もお客様もご苦労様でした。特に、綿入れの打ち掛けを羽織って、衣装箱の中に20分も閉じこめられていたお岩さん、化けて出ないでね!

そういえば、2日目、お疲れさまの祝杯をあげていたその時、どう考えても落ちるはずがないライトが落ちた。お岩さんが祝杯に参加したとしか説明のしようがない。そして、入場料が10円玉 で50円多い。入場料から50円という端数が出るわけはないのにである。まさに、お岩さんが特別 入場料を払って見に来てくれたとしか思えない。まいどご贔屓にありがとござんす!

2000年09月12日 16時58分39秒


とうとう何も書かなかった八月

 何もなかったわけではない。酔い日がなかったわけでもない。ただ書かなかっただけである。

八月八日はRICO神島さんのコンサート。東の宮さん、樽谷さん、柴さん、それに京都から南海雄さんが加わって飲む飲む!酔い日!

八月九日は、琵琶の中川さんにごちそうになった。四谷の「然」。公演の相談に乗って下さいという趣旨であったが、趣旨はそっちのけで飲む飲む!酔い日!

八月十一日金曜日は胃カメラを飲む。したがって酒は飲めない。この検診、健康診断問診で食道にポリープらしき物があるという。後日郵送されてきた診断書によれば十二指腸ポリープとある。どうなってるの?で、胃カメラ当日その旨アピールしたところ、コードが似ているので入力を間違えたのでしょうという。誤診だ!プリントしたものに書かれていることによって手術などしたら、完全に医療ミスになる。それはそれとして、胃カメラの結果は食道にも十二指腸にもポリープはみつからない。だが、胃にポリープがみつかった。新発見である。生検の結果、悪性ではないとの所見であったが、何パーセントかは信用できないね。カメラを飲んだ日、酔わない日。たまにはイッカァ!

八月十二日、毎朝おじいちゃんの大根おろしを作っていたフードプロセッサのビンが割れたのでカズコ&おじいちゃんが秋葉原へ出かけ、今までと同じ型を見つけて購入。ついでにおじいちゃんが21インチのヴィデオつきTVを購入。いままでは14インチだったので気に入らなかったようだ。

八月十三日。ニョマン・スダルサナ展の搬入。鍋島氏とスダルサナ氏がホールに缶詰。スダルサナ氏は10メートルの布に長い絵を描いた。人と神のかかわりらしい。抽象画だが、すばらしい絵になった。この日、オープニングを祝ってバロンクラブがガムランの演奏。えびなちゃんの花撒き、スダルサナ氏がトペンを踊った。

八月十四日。ADSLスプリッタモデムが着いた。快適に動く。

八月十五日は、三枝一家来る。工作をしたり散歩に行ったり楽しく遊んだ。この日の話題はなんといっても耕太の相撲準優勝だ。大関だ!夜はおじいちゃんのおごりで四谷・随園へ。Yは、バロンクラブの富岡八幡宮奉納演奏会で、絵画展の留守番役。中華料理にはありつけなかった。残念!

八月十九日は、スダルサナ氏がガンブーを踊る。

八月十六日は、「嗤う井右衛門」稽古の中締めで、稽古場に使っている106号室で激励宴会。いい気持ちに飲めた。酔い日。

八月二十三日は、原田さんの出版記念祝賀会。

八月二十六・二十七両日は、恒例の「八月のはなし」。

と、まあ、猛暑の中にいろいろあったよなぁ!