2000年3月の日記
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村井さんのハトバスに乗る。 |
| テレビでも紹介され、いまホットな「歌うはとバス」。東京人でハトバスに乗る人は少ない。われわれも同じ。この日18名が参加したが、皆はとバス初体験。朝9時45分東京駅・丸の内口に集合10時出発。ニコライ堂・神田・上野をへて浅草まで益40分。村井さんの歌を聴きながらあっという間に到着。浅草寺で1時間の自由時間。
昼はライオン銀座7丁目店で昼食。続いて新宿・代々木初台の古賀政雄記念館へ。ここにはカラオケルームがあり、1枚2000で自分の歌った「カラオケ」をCDにしてくれるサービスがある。 そして最後は新宿・歌舞伎町の「うたごえ酒場・カチューシャ」へ。ドリンクと軽食が出て昔の歌を大合唱。盛り上がって居残る人も多い。 我々はバスに戻り歌いながら渋滞の中を再び東京駅まで戻り、夕食でもう一度盛り上がっって解散。満腹々々!! |
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2000年04月01日 11時29分53秒 |
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温故知新 |
| 3月28日。ギリシャの古い劇場を研究しておられる先生がいらっしゃった。暮れに、撮りためた写真や資料を展示して歓談出来る会を持ちたいというご来意であった。すばらしい催しになる。公開なのか、クローズなのかはこれからのお話合いで決まる。
石響が温故知新の場としての顔が出来てきて嬉しい! |
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2000年03月29日 12時01分15秒 |
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吉岡さん(マリンバ)から嬉しい速達がきた。 |
| 石響での演奏会をお願いしていた吉岡さんから昨日速達が届いた。
「他分野とのセッションという実験を石響で毎年、自分が敬老と言われる時まで続けたい」と言う意味の「快諾」のお手紙だった。毎年9月23日「敬老の日」がマリンバ、パーカッションと多分野にわたる楽器や声との競演になる。 今年は実験的な試みを石響でやろうという一流のアーチストが増えている。 てん仁智さんの「てん・Ten Days Live」も箏と声が洋楽器や鼓などとのセッションを10日連続でやろうという気合いの入った演奏会が仕組まれている。 RICO神島さん(四国在住)は、最近評価が高くなりつつあるブルガリアの歌をアカペラで歌う試演会を開く。 10周年を迎えた石響が次第にクリエティブな空間として認められ、育って来たのだ。 |
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2000年03月28日 11時54分03秒 |
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さんげき(まるごとチキン・パラダイス)を観て。 |
| (3月25日)お笑い系の舞台とみる。印象に残らない舞台だった。客入りはいいので、いまどきこの手に舞台に人気があるのだろう。これも演劇なのだろうがギャグに新鮮みがない。この手の舞台は生きたアドリブが身上だと理解しているが、サンゲキは本に書かれ、その台本を演じている。本の出来がよほどしっかりしていなければ成り立たないと思うが、この作品は聞いたことのあるようなギャグのパッチワークだ。
役者さんも際だった人はいなかった。 |
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2000年03月28日 11時18分07秒 |
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ニュースの森に「歌うはとバス」 |
| 村井さんのアコーディオンが好評。昨日19日の初日は満席。このときTVの取材が入り、人気上々だったと村井さんから電話が入った。我々が乗る31日も満席だ。
昨日TBSの「ニュースの森」にその密着取材が流れた。その地ゆかりの曲を歌いながらバスは走る。初めは遠慮がちだった歌声も、2曲目3曲目と進むにつれてノリノリ。もう止まらない!コースの古賀政雄記念館のカラオケシステムでは自分の歌をCDにして記念に。終点の新宿・歌舞伎町の歌声喫茶「カチューシャ」では何十年も前に歌ったうたを次々に大合唱。若返ったシルバーエイジさんたち、いつ解散したのだろう?さすがの密着取材もそこまでは撮っていなかった。 |
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2000年03月28日 07時07分46秒 |
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殺陣「阿修羅」と、読み語り「乳房一揆」を観る |
| 3月24日。 殺陣「阿修羅」は、「剣伎衆・かむゐ」という日大OBの若者たちが舞う。そう、この殺陣は人を斬る芝居の殺陣ではない。殺陣の決まり型を見せる踊りのように見えた。刀が軽く見えてリアリティがない。聞けば、日大に長年培われ蓄積された技だというから、これはこれで一つの伝統として受け止めとおこう。殺陣ショウあるいはイヴェントととしての殺陣だとは思うが・・・いろいろあっていい。 望月太左衛門社中の鳴り物は素晴らしい!! 「乳房一揆」はベテランの語りというので期待が大きい。知る人ぞ知る前進座のベテラン演出家の高瀬精一郎氏が本庄慧一朗氏の台本を読み語りする。日本尺八界の雄・藤由越山氏が吹く尺八とのセッションを試みる。 物語は、商家の父子にもてあそばれて母親が首を吊る。時を経て、その復習で母を死に追いやった者を殺し、誤って倒した行燈から大火を起こす。人殺しと火付けの罪で逃亡中のこの男と一夜のちぎりを結んだ旅籠の「飯盛り女(女郎)」。男と女の境遇が重なり、明けるまでにお互いは愛の絆で結ばれる。男はやがて捕らえられ、骨ヶ原(コツガハラ=小塚原)で張り付けになる。処刑の日、あの飯盛り女が仲間を引き連れ、もろ肌脱いで刑場をを襲い男を救い出す。 読み手はベテランだけあって声もセリフ回し申し分ないが、物語が平坦で盛り上がりに欠ける。ラジオのアナウンサーの朗読と変わらない。尺八の曲が物語りと呼応しない。テープで入る効果音もなぜか物語を邪魔するように感じられる。舞台全体としては失敗であると思う。折角のいい本なのに惜しい。 |
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2000年03月28日 07時06分36秒 |
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波多野・つのだ石響コンサート |
| 3月25・26日の両日。波多野さんの絹のような声。抜群!!
初日より26日の方が艶やかだったように思えた。ビデオを撮った。 リュートの繊細な伴奏と相俟って石響には優しい歌が充ちる。 石響が美しい空間になった。恋の苦しみ・哀しみを歌った歌が多いというのに! 26日はミニパーティつき。5時ころからワインとおつまみで「軽く」のつもりが約2時間。演奏家と話が弾む。静岡からいらした方。無事にお帰りになれましたか?九州でのコンサートがあると聞いて「息子に是非聞かせたい」方。音楽はナマが一番とおっしゃりながらCDを何枚もお買いあげになった方。いろいろイロイロ楽しい2時間はあっという間に過ぎてしまった。 このあと、波多野・つのだ両氏とスタッフの面々で打ち上げ! 予想通り盛り上がりましたね。 波多野さんの??歳のお誕生日と聞いていたので、鯛の塩釜とお赤飯。感激!の連発でお酒も弾む。 オウムの××さんに似ている女性がいると通報され警察が来たという女流画家さん。この人、以前は日本赤軍がいると通報されたこともあるという。憤懣やるかたない怒りをぶちまけ気炎をあげる。写真を撮らせてくれという警察に断固拒否した話に一同喝采。「おもしろ半分に通報した人の名を伏せ、被害を受けている私の写真を撮るとは何事だ!どうしてもお役目で撮るというなら、通報した人と一緒に撮ってください」と撃退。なかなかの侍である。誰が聞いても筋が通っている。 ベテランの女優・目黒さん。むかし、彼女の舞台の作曲をしたつのださんと、久しぶりのご対面。だからちょっとお洒落してきたのよと黒のドレスがすばらしい。芸を究めた方の身のこなし、立ち姿には花がある。この目黒さんは、近々石響で芥川を読む。楽しみ々々! つのださんのお子さまはプレステにはまりっぱなし。ゆっくりゲームを楽しむことができて満足の様子。 この日も、おたがい一人々々に素敵な出会いがあった。久しぶりの酔い日だった。 |
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2000年03月27日 19時18分02秒 |
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「皮をむいてバナナを食べる」(サマカトポロジー) |
| 3月22日(昼)。ムウ役の村田朋子がよかった。 舞台は、レズビアン・ストリッパー達の愛と性を演じるとチラシにかいてある。この世界は私の最も苦手とする(大嫌いな)テーマなので、思い込みが先になって正しく見ることが出来ない。だが妙にひっかかる作品だ。 印象は「生け簀を泳いでいる魚もやはり生き物なんだ」ということ。掬いあげられる運命だけがある。愛とは言えない愛がある。交わることのない性。「衝撃の問題作」と説明されているが、所詮、生け簀という特異な世界を見せてくれただけで、衝撃などは受けない。レズも人としての哀しみがあるんだと言っているのか?哀しみはあるが歓びがない世界とも感じる。 言葉から意味を抜き去る事は出来ないが、この作品の場合台詞から意味を抜き去ることができたら素晴らしいなと勝手なことを考えながら見た。 とにかく結構難しい作品だった。各シーンが整理されていない。雑然とした感じでもある。 この劇団の役者さんはそれぞれかなり「出来る!」◎! |
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2000年03月23日 14時46分19秒 |
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シルバーシート |
| 若いモンがシルバーシートで寝たふりをして年寄りに席を譲らないのはけしからん!
だが、シルバーシートってなんだ?混んだ電車の何パーセントあるんだ?だいたい年寄りや体の不自由な人がいたらどこでも席をゆずらなんけらばならないと思うのに、ことさ特別な席を設けてあるのはおかしいと思うな。効果ないんだから。まあ、年寄りや体の不自由な人は混んだ乗り物に乗らないことだね。 |
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2000年03月23日 14時07分38秒 |
| 先祖供養 |
| 3月20日春分。父の命日で今年は13回忌になる。祖母の27回忌とあわせて、菩提寺の東福院に親戚を招いて法要を執り行った。
大陸の寒波のため冷たい強風が吹くなか、20余人が集まる。父の葬式の日は強い雨と風だったが今日は快晴である。 祖母の子・父の兄弟姉妹従兄弟達はこの間に何人かがこの世を去った。 読経に先立って住職の法話があり、故人の在りし日のことを思い出し、いまを生きるわれわれが祖先にどれだけ世話になって今日があるかを感謝することが供養なのだと説かれる。 日が経つにつれ、故人の面影は歴史の霧の中に次第にかすんでいく。孫達は生前の曾祖父には会った事もないが、こうした集まりが何であるのかは判っているようだ。神妙に香をあげ手を合わせている。かたちから心ができ、心から形ができるのだ。 読経の間仏壇のろうそくの炎が語りかけてきた。4本の大きなろうそくの炎は全く揺れていないが、カバーのある小さな炎はちらちらと揺れている。カバーがあるから気流が乱れるのだろう。これを見ていていろいろな想いが浮かんでは消えた。 炎は真っ直ぐ上に燃える。草木は空に向かって伸びる。然し空まで届くことはない。これが有限の世界の道理だ。人の命もこれと変わりない。すぐに消え去るから明るく、美しくあらねばならないのだ。 |
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2000年03月21日 02時31分24秒 |
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下町風俗資料館へ |
| 3月19日。梅田佳声さんの紙芝居が目的。12時ころ家を出る。上野まで約30分。不忍池湖畔に台東区立下町風俗資料館がある。1階は商家、二階は銭湯と古い小物やポスター・新聞などが展示されている。
その商家の前でのイヴェントが佳声さんの階芝居。初めに紙芝居の歴史をおもしろおかしく解説し、「漫画孫悟空」「黄金バット」の2本立てで、まるで時事漫談のように新しいニュースを交えながらの熱演。いつもは子供が多いそうだが、今日は若い人達。 日曜日ごとに3回公演で、同じモノを読むので「飽きた」と佳声さん、「残っている絵が少ないから仕方ないですよ。新しい絵を創る人もいないしね。」 あと、館内を観た。資料館といっても、大正から戦後までが中心の展示で、懐かしい品々もある。資料館の展示の中に「懐かしい」モノがある程に年寄りになった自分を感じる。 外へ出ると、骨董市をやっていた。「上野の玉三郎」と称する白塗りの役者2人が、すり切れたレコードの曲に乗せて「まぶたの母」を踊っていた。 |
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2000年03月20日 05時09分38秒 |
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「風と共に新月」(シアターギャングスターズ)を観て。 |
| ○だ。TVディレクター夫妻の別れ話にからむ招かれざる善意の人たち。夫の前の奥さん。
妻からの離婚状を突きつけられたTVディレクター氏。とりたてて深い洞察があるわけではないし、役作りも平凡でありながら、なぜか最後まで惹き付けるなにかがある。役者のキャラクターが程良くコミカルなアンサンブルを生み出していく。 問題をメスで切り取ろうとするのではなく、鍼の治療のようにじわじわ効いてくるような舞台だった。 結局離婚は思い止まらせることはできなかったが、新しい恋が目覚める予感を残して幕。コントを綴り合わせたような軽いタッチもいい。 水道工事屋さん◎、前の妻(声優)◎ あえて難を言えば舞台にもっと水気の多い生命感が欲しかった。 ◆スタッフ&キャスト 作:大江颯/演出:大塚英淳/出演:田代舞、野岸敦子、鈴木勝人、愛川ともゆき、熊沢剛、大塚英淳/照明:清水朋久/音響:長島正広 |
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2000年03月18日 17時13分01秒 |
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日米国歌をアカペラで歌う綾戸智絵さん |
| 「2000年日米プレ・シーズン・ゲーム」オープニングセレモニーに綾戸智絵が日米国歌をアカペラで歌う。
3月27日:讀賣ジャイアンツ VS シカゴ・カブスの試合(東京ドーム19:00試合開始) 3月28日:讀賣ジャイアンツ VS ニューヨーク・メッツの試合(東京ドーム19:00試合開始) いずれも試合開始10分前(18時50分)ころ、綾戸さんの歌が聴けると言う。 |
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2000年03月17日 13時41分12秒 |
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「蟹」が来た |
| タブラトゥーラのCD「蟹」が届いた。 田崎さん作曲の夜の蟹だタイトル「蟹」の由来だ。 軽い踊るようなリズムと、古楽器の哀愁を帯びた響きとが織り出す一曲々々は賑やかなのに、不思議に安らぐ音楽だ。ステージにいるメンバーの動きを彷彿させ、何度も聴いてしまう。 このCDに収録されているのは、エスタンビー、パルマス、ミニヨン、梢の小鳥、夜の蟹、バンブーレイン、ジャグラー、オード、エル・ソンブレロ、コンポステラ、バラータ、夜は暗く、シネマ、ヤンス・ヤント、ハンハリーリ。どれも聞き慣れた曲だ。 |
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2000年03月17日 13時39分21秒 |
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古典四重奏団の試演会を聴く(3/15) |
| おなじみの試聴会だ。元気な顔が揃う。 モーツァルトの初期の作品。ショスタコーヴィッチ#8。ベートーヴェン#14。 モーツァルトはかなり荒々しい曲で、たしかにモーツァルトだが新鮮に聴いた。 ショスタコーヴィッチはあまり聴かないし、演奏も多くないという。だが、素晴らしい曲だ。今年はショスタコーヴィッチをテーマにするというので試演会ごとにたっぷり楽しめそうだ。 ベートーヴェン#14は聴きなれた曲。だがショスタコーヴィッチのあと聴くと、曲の大きさとか色あいの違いが浮き出してきて新しい感動が湧く。 演奏する曲の順番はステージを構成する大きな要素だ。 (ビデオに納めたが、ところどころ音が飛ぶ。以前LPモード16ビットでとったら同じ間隔でぽこぽこ音が抜けた。SP16ビットでも飛ぶ。今回はLPモード12ビットで撮ったがやはりだめだ。カメラが悪いのかテープが悪いのか?) |
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2000年03月16日 07時24分00秒 |
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徒歩通勤 |
| 啓蟄もとっくに過ぎ、虫たちも春に目覚めたであろう今日この頃、気温もゆるんで春が来た。梅も咲いた。寒桜も満開。歩いて40分が通勤時間である。風はまだ冷たいが汗ばむ。世の中の景色が見えるのが新鮮だ。地下鉄に乗っていては地上のことは分からない。当たり前だ。タクシーに乗れば空が見えない。歩けば空もビルも見える。池もある。並木もある。
歩いているといろいろなことがわかる。丸の内界隈のビルは巨大で看板などは出ていない。新橋から赤坂にかけては大きいビルは僅かで、中小のビルには看板が嫌というほど掛かっている。目的のビルに行こうとする人にとっては多少便利だろう。 工事現場。建物は取り壊されてしまうと、以前そこに何があったか、記憶に残っていない。「ゆく川の流れは絶えずして・・・人と住みかもまた同じ・・・」。昔からそうなのだ。 てなことを感じながらてくてく歩いているのは結構おもしろいものだ。 |
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2000年03月16日 07時00分06秒 |
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ショーロのCD「DUO」が来た |
| きのう、ショーロのCDが届いた。早速聴く。なんと素晴らしいことか!
以後ずっとかけ続けている。きょう会社から歩いて帰ったが、まだ鳴り続けている。ショーロはあまり聴いたことはない。ベベ、サンタ・テレーサ、バウレアンド、ボーリ・ボーリ、チ・コラサォン・ア・コラサォン、サマンバイア、、バウ・ドイド、マラポイアード、アインダ・ミ・ヘコルド、組曲「肖像」、ドゥーダ・ノ・フィレーヴォ、ミストゥーラ・イ・マンダ、ササジー・ダンス、カラテーの14曲が入っているがどれも初めて聴く曲だ。 演奏はショーロクラブのメンバーである笹子重治さん(ヴィオラォン)、秋岡欧さん(バンドリン他)。超絶したテクニックもぞくぞくするほど素晴らしい。 |
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2000年03月15日 18時14分45秒 |
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日比谷の桜、皇居の梅 |
| 3/15。昨日、日比谷公園の緋寒桜をデジカメするため神楽坂(演劇フェスティバル)歩くことにして12時半新橋出発。フォルクスで昼食をとり、目的のヒカンザクラをデジカメにおさめた。午後は光の具合が悪い。帰宅してホームページに掲載した。
途中、皇居の中を通り、梅がきれいだったのでこれもデジカメ。おかげで時間がなくなり、九段下から地下鉄に乗って神楽坂へ。 舞台の感想は帰宅してすぐに掲出した。ついでに劇団に「感想」をMAILしておいた。 |
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2000年03月15日 11時30分54秒 |
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The Hand of Destiny を観て(3月14日・マチネ) |
| これだけの長丁場の舞台を踊るパワーと一生懸命に取り組んでまとめたあげた努力は認めます。
演劇フェスティバルとして観たので、どうも語りようのない舞台でした。ダンスミュージカルと称しているので、すかっとした舞台を期待していましたが、踊りは重いし、おなじパターンが繰り返されていて、シーンが展開していきません。セリフでつなごうとしているらしいが芝居にも演技にもなっていないようです。芯になる踊り手さんと役者さんを一人ずつ登用して欲しかったと思います。 それに、むやみに「煙」を吹き出していましたが、なんの意味なのかわかりませんでした。 舞台に直接関係ないことですが、開幕に先立って客席に携帯の電源を切るよう注意されましたね。ほかのお客さんの邪魔になるからだという配慮だと思います。だとしたら防音もしていないカメラで舞台を撮る人になぜすぐ止めさせなかったのでしょう。設備の無い場合はゲネで記録を残すのが普通だと思っていました。たとえ僅かでも入場料を取っての公演なら、制作や舞監として配慮があってしかるべきではないでしょうか?劇団としての土台をもっと大事にして欲しい。学芸会じゃありません。たとえ身内の方だとしても許すべきではないと思います。舞台は演者と観客が創るものだと思っています。次の公演を楽しみにしています。ご研鑽ください。 一観客より(観客っていろんな奴がいるんですよ) |
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2000年03月15日 09時31分20秒 |
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演劇フェスティバル今日から。 |
| 今日が初日。4月7日までに6本観る。感想はその都度書き込もう。
昨日はAMCの稽古だったが、パスした。 5日ほど前に携帯電話を買った。ドコモのimode N501J。2000円に満たないのに機能が盛りだくさんで、マスターするのが大変だ。特定の受信とMAILを目的に買ったが、発信も便利だしNETのコンテンツも面白いので余計に使いそうだ。電話しながら歩いているオヤジやオバサンをバカにしていたが、はやくもバカにされる側になった。 |
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2000年03月14日 12時46分03秒 |
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水の白拍子を観て |
| 3月12日。 4人の演者が謡い踊る。初めて触れる世界だ。声明といっても今様とあるように、新曲である。声明そのおのを知らない者にはそれが新しいか古曲なのか分からない。平曲を何度も聞いたが、同じ世界としか思えない。声の伸びがすばらしい。踊りは型を知らないのですごく単調に写る。しかし、みていてさわやかである。現代にそのまま根付くことは難しいと思うが、完成度の高い舞台に育って欲しいと思う。 演者の目線が決まらずさまよっているのが気になった。 祇王祇女のホームページ= http://www.zipangu.com/giou/ |
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2000年03月13日 07時58分45秒 |
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調布フィルムフェスティバルを観て |
| 3月11日。 梅田佳声氏がバスター・キートン主演の「海底王キートン」を読んだ。 シルバーグレイのタキシードに蝶ネクタイをバシッと決めて登場。吉原かぶりの梅田さんとは見違えるほどの変身ぶり。そのままタップを踏んでもおかしくないほどカッコいい。 そして前口上がすばらしい。のびと張りのある声で活弁華やかなりじ頃の解説。 続く白百合女子大放送研究会の短編集は、若い人たちが何かを創ろうとする懸命に取り組んでいることは感じる。芸も作品の作りも未熟ではあるが、好感がもてる。一生懸命受け継いでいってもらいたい。 会場の隣の部屋では「人形百彩」開催中。宮本紀美子コレクションとある。姫路出身。東京芸術大学卒。声楽家として活躍する傍ら、世界の人形を集めたとある。 清水康生(故人)の紙人形「鬼平犯科帳:兇剣」が出色。 調布駅にちかい。 いずれも調布市文化コミュニティー振興財団主催。 調布市文化会館「たづくり」で。 終了後、12階の展望レストランで夕食。調布から川崎方向(南)へのすばらしい夜景が一望できる。なかなか美味しい食事ができた。 きょうは「良い日」だった。 |
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2000年03月13日 07時57分28秒 |
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ビックリハウス風演劇フェスティバル(文化放送後援) |
| 今年も審査員だ。 今年は6劇団。おなじみの Die Paltze で3月14日から4月9日まで延べ18公演。 ST企画 「The Hand of Destiny」 シアターギャングスターズ 「風と共に新月」 projectサマカトポロジー 「皮をむいて、バナナを食べる」 まるごとチキンパラダイス 「サンゲキ」 SPPTテェイパーズハウス 「半袖シャツで来たあいつ」 タヴン・タヴロウ 「茶はぬるくなった」 さあ、今年は何を見せてくれるのか?楽しみだ。 |
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2000年03月09日 19時58分04秒 |
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なんともダラケタ世の中だ |
| むかしむかし、大宅壮一が「一億総白痴化」と言ったが、いまや「一億総ダラケ日本」じゃないか。
警察のダラケなもとより、水とアルコールを間違って人を殺したり、地下鉄が脱線して大勢の死傷者を出したり、原子炉を壊したり、毎日間違い・ミスで人が死んだり、自己がおきて、そのつど「今後このようなことの無いよう万全を期す」と決まり文句であやまっている。マスコミはうわべだけ報道して、とことん食い下がることはしない。 一方では規制緩和であらゆる分野に外資が入って来ている。日本は戦わずして占領されてしまうのではないかと思う。規制によってかろうじて生き延びていた奴は戦い方を知らないはずだから。 いっそ鎖国でもして外圧に耐える訓練でもしたほうがいい。 |
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2000年03月09日 13時02分32秒 |
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マンデルの経済学入門を読み始めた |
| (竹村健一訳)ダイヤモンド社2000.1.27初版 固定為替相場制が主流だった1967年頃執筆された本である。 経済学は選択の科学である。欲求と資源に関する学問である。ロビンソン・クルーソーは取引の機会をもたなかった。本屋でぱらぱらページを繰って、こんな活字が目に止まったのがこの本を買う気になった動機だ。 こんな本を読むのは何十年ぶりだろう。ロビンソンクルーソーに惹かれて読み始めたが、案に違わず面白い。ところが読み進んでいくとガツンと難しくなる。かと思うとアフリカの売買婚の話でめがさめる。ラリーのドライバーはこんな楽しみを味わっているのだろうなどと気が散ったりする。 |
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2000年03月08日 19時21分27秒 |
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ようやく腰をあげた 講談界の宝 小金井芦州 |
| 講談の小金井芦州師匠が3回、石響で色町の話を長講する。
昨年暮れ、始めて師の講釈を聞いたが、やはり「すごい」としかいいようがない。名人を通り越していると思った。 その芦州師が花の吉原を読むというのだから聞き逃すわけには行かない。しかし、残念なことに、初回4月8日は法事で聞けない。やむを得ずVIDEOを撮ってもらおう。 4月8日のゲストは眞弓田一夫、吉村平吉などの重鎮に、講談界の若手のホープ小金井若州、かわいい田辺こむぎちゃんまで、なんとも楽しそうな顔そろえだ。 7月8日、10月14日の二回も中身の濃い企画で楽しませてもらえそうだ。 |
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2000年03月08日 19時12分24秒 |
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活 弁 |
| 紙芝居の梅田佳声さんが3月11日、無声映画の活弁をやるという。これは是非聞きに(観に)いかねばなるまい。でも、未だに場所や時間が判らない。
この日、チェレプニンの演奏会とバッティングだ。こちらの方はCDが多少は出ているようなのであとで手に入れるとして、「活弁」の方に行くことにした。こちらは間違ってもCDはでないし、滅多に聞けるものではない。徳川無声氏に匹敵する語りが期待できるのは、今梅田さんをおいて他にはいないだろう。 |
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2000年03月08日 18時53分41秒 |
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ヒカンザクラとヒガンザクラ |
| 春が近づいてきた。いや、もう春だ。会社の前の公園にヒカンザクラがほころび始めた。
そこで議論になった。プレートには緋寒桜とある。彼岸頃に咲くからだという者がいる。クマサン・ハッサンの意見はいくら聞いても仕方ないので、調べるてみることにした。 緋寒桜と彼岸桜。桜の仲間であることには間違いないが、やはりこれは別物だ。学名が違う。 彼岸桜はお彼岸の頃に咲く早咲きの桜をいうらしい。小彼岸桜、チモトヒガン、アケボノヒガンなどの別名がある。ほかに江戸彼岸桜などもある。 緋寒桜は中国南部・台湾・沖縄に自生(または野生化)し、本州では関東以西で植裁される。寒緋桜とも呼ばれる。 広辞苑には「寒桜の一種」のように書いてあるそうだが、「寒桜」は緋寒桜と大島桜の交配種だそうだから、純血種ではない。 とすると、公園の「緋寒桜」のプレートの表示は間違いである。「彼岸桜」が正しいのではないかと思われる。 我が家の近く、学習院初等科の片隅に「カンヒザクラ」がある。あと一両日で開花しそうなのでデジカメしてページにアップしよう。 皇居の周りにも鮮やかな緋色で咲く「緋寒桜」多い。3月も中旬を過ぎると見頃になる。 |
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2000年03月07日 14時04分01秒 |
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隣 の 部 屋 |
| 隣の部屋 学校を出てすぐ、営業で地方を回っていた頃、毎日が旅館暮らしだった(当時はホテルなどないし、あっても営業マンなどは泊まれなかった)。時にはふすま一枚で隣の客と仕切られているだけということもある。運がいいと、隣にアベックがとまる。そんなときにはほぼ確実に朝まで眠れない。運がいいどころではない。だが、出張を終えて仲間と酒を飲みにくとき、この手の話は主役の一つになったものだ。 なぜこんな事を思い出したのだろう。 アメリカで小学生が同僚の女の子を射殺した。前日の口論の精算らしいと言う。犯人は悪びれる様子は全くない。誰でもやってることだと言う認識しかない。テレビのブラウン管の中に写っていることを言っているのだ。「人を殺すのがなぜ悪いの?みんながやっているじゃないか」 ふすまの向こうのアベックは、誰でもすることをしていても、こっちは一人でしかも明日は早い汽車に乗らなければならない。耳をすまして勝手に想像をたくましうしながらも、ふすまを蹴破って「静かにしろ」とぶん殴りたい衝動にかられたものだが、実行におよぶほど野暮でもないし、勇気もなかった。 テレビというハイテク技術が幼い子供に現実とドラマの界をとり払ってしまった。この手の犯罪は枚挙に暇ない。技術の進歩が人の進化を大きく超えているところで起きる歪みで、これを犯罪という一言で片づけることは出来ないのではないか? ふすまの向こうとこちら側にいたのは人と人だった。小学校の校庭には子供と映像があった。 |
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2000年03月06日 16時44分29秒 |
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「デリバティブの非情な世界」を読む |
| リチャードトムソン著・前田俊一訳(TBSブリタニカ・99.4.30初版発行) 面白い本に巡り会った。 第一章。 ジャック・ホーナーは家族のいない午後、自宅に帰ると寝室に入り愛用の猟銃で頭を打ち抜いた。19993年9月1日月曜日。このジャックホーナーが自殺した日、世界の金融の大混乱が始まった。銀行も政府もこの混乱を止めることが出来なかった1週間の記述がプロローグになっている。ミステリー小説の様な書き出しである。さすがエンターテーメントノベルでは追随をゆるさないイギリスの著者の面目躍如たるモノがある。 投資(投機)失敗の事例集だ。規模が雄大?で面白い。 第二章は、チューリップ投機で起きた混乱とその波及。 第三章は、住友・浜中の「銅」相場事件と先物取引の拡大。 第四章は、スワップの発明とその急速な定着が述べられている。クォンツまたはロケット・サイエンティストと呼ばれる数学にたけた人たちのグループが次々に新しいデリバティブ商品を産みだして行く様が丁寧に書きつづられていて面白い。 (この辺から難しくなってくる。各所にちりばめられているエピソードの拾い読みのような読み方になって来る。でも面白い。読まないよりイイだろうと思いつつ、次はどうなる?と引き込まれていく。読み終わってもちっとも利口にならず、本の題名のように「非情な世界」放り出されているに違いない。だが、別に大損をするわけではないから、しばらく異様な世界を楽しもう・・・) 第五章は、次第に過激になってくる。金融商品(デリバティブ)を生み出すエリート?たちは、競争相手を凌駕しようなどとは思っていない。馬鹿で間抜けな客からいかに略奪するかに賭ける。それが仕事だ。紙屑同然の債権などを組立直して新しい債権を生み出す。その内容はよほど数学の出来るものにしかわからない。頭の悪い間抜けな投資家はそれを我先に買う。というわけで、その債権はまた紙屑になる。デリバティブ取引は「台所の流し台」と同じだそうだ。 さらに大企業がつぎつぎに大きな損害を被っていくプロセスが続く。ギプソン・グリーティング、プロクター&ギャンブルがやり玉にあげっていく。だまされるのは、大企業の資金運用部などの専門家達だ。さまざまな条件が複雑に絡んでいるのでその一つでも見落とそうものなら奈落の底に落ちるというわけだ。 ここまで来ると、読んでいて面白いと言うより恐ろしくなる。この詐欺まがいのデリバティブ取引をやるのが「銀行」なのだから、世の中を知らない?私には信じられない世界だ。 (日本で次々に誕生するメガバンクもこういう地雷原みたいな所を渡りながら事業を行うのだから命がけだぞと思う) 第六章 デリバテイブの資質について書かれている。デリバティブ取引は結局は賭であり、どんなに計算しても見込み違いの損をすることがある。しかし、大きく儲けるにはリスクの大きい商品を扱わなければならない。そして、このハイリスク商品は一般的に運用している間損益は容易に分からない仕組みになっているようだ。一人のデーラーが大きな銀行を潰してしまうほどの損をするからくりを浮き彫りにしている。 悪しきデーラーが問題を起こすので目につくが、すべてのデーラーが悪質なわけではない。ただ、利益を出したデーラーは巨額のボーナスで報いられるというインセンティブが働いて、他人に損をかけても利益を我がものにするという悪しき方向に流されて行くのだ。 第7章 トレーダーはこうしてつくられる 定職のないある青年が、大邸宅に住みポルシェを乗り回している友人をみて、自分もそうなろうと決心し、デリバティブを扱う小さな銀行に入る。そこで客から集めた金でいかに稼ぐかを学ぶ。狙うのは退職金や年金である。出資者の事などは考えなくなり、自分が稼ぐためには客の金をゼロにすることなど当然であるという感覚を身につけ、次第に育っていく様子が述べられある。 第8章 気がつけば損失が拡大 アメリカの地方都市で9年間市の財政を豊にしてきた出納官が、スワップなど危険の大きい商品によって取り返しのつかない損失を出した話。これにはメルリ・リンチなど大手銀行も巻き込まれている。 第9章 黄金の軍団 ここでは大金持ちを相手にした取引。英ポンド暴落の引き金をひいたジョージ・ソロスが10億ドルを稼ぎ、ポンド下落を支えようとしたイングランド銀行は窮地に陥しいれ世界の金融市場に混乱をもたらした経緯。ヘッジファンドへの投機で勝った話であるが、同時に負ける話もある。同じソロスは円安に賭けて10億ドルの損をした。 第10章 責任は誰にあるのか 一国の金融はおろか、世界の金融市場を混乱させることがあるデリバティブは規制ができない。すでにデリバティブは金融システムのベースに組み込まれているためである。自動車が事故を起こすからといって自動車を廃止出来ないのと同じことであるという。 金融崩壊の危険が大きくなった事は否めない。これに歯止めをかけるのは金融当事者である。 銀行は生身の人間の判断で運用されていること。 金融は国際的に繋がりを持つ。 銀行が破綻した場合、その損失の実体を洗い出すには時間がかかる(簡単には解らない)ということ。 一つの大銀行が破綻れば、全銀行に対する信用失墜を呼び、恐慌になる。 これらのことはコンピュータが瞬時に反応するので、昔のような対応策はとれない。 そして、ギャンブラー達は混乱を更に拡大するように動く。 エピローグ 90年代初頭デリバティブの過熱で多くの惨事が起きた。以来、デリバティブの規制、金融商品の管理、行動要項などの対応策が策定されて少しずつ改善はされているが、決定的な解決策ではない。 金融市場を支配している若いギャンブラー達がデリバティブを安全に操作するようにならなければ問題は常に起きる。 |
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2000年03月06日 12時23分07秒 |
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歌うハトバス! |
| コア石響で何度もコンサートを開いてくださる村井しげるさんが、ハトバスに乗って、通る場所々々でその場の歌を歌おうという企画。早速朝日新聞4日の夕刊に紹介記事が出た。レパートリー3万曲ともいわれる村井さんならではの企画である。カラオケ観光バスはもとからあるが、ナマ演奏での贅沢な企画は初めてだという。 我々は、すでに15人ほど申し込んであるが、まだ増えそうだ。20名以上になればその日の運行が成立するという。9時東京駅集合でうたごえ喫茶や古賀政雄記念舘などを廻る7時間の観光。いまからワクワク楽しみ楽しみ! 4月末まで毎週木〜日の運行である。 |
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2000年03月05日 15時58分18秒 |
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来訪者 |
| 1.以前「爽」のメンバーだった白柳氏の書き込みがあった。 コア石響のページを丹念に読んでいただいたようだ。昨年の暮れにに書いて書庫にしまった「四谷の大根」まで読んで「面白いね」と書いてあるではないか! ただそれだけのことだが、こういうコメントが入るととても嬉しいものだ。またせっせと書き続けよう。 MAILアドレスが書いてないので返事を出来ないのが残念!教えて欲しい! 2.弟から、孫のかわいい写真をMAILに添付して送ってきた。とてもしっかり、かわいくなった。早速おふくろに見せた。3ヶ月かな? |
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2000年03月05日 15時34分59秒 |
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「瑤のうき世がたり」を聴く |
| 藤沢周平の世界(その1)で、「しぶとい連中」と「山桜」の2本。水道橋にある喫茶店「しろとくろと」で。後楽園では世界蘭展が開かれていて駅は大変な混雑だった。 「しぶとい連中」を読んだのは仲木隆司さん。以前「血の鎧櫃」をここで聴いてすっかりファンになり、彼の出演したギイ・フォアシーの「湾岸から」も観にいったものだ。舞台の役者なので「語り」もメリハリのある読みで最後まで惹き付ける。面白かった。今回はゲスト出演である。 「山桜」はこの催しを主宰する秋元瑤(よう)さん。ベテランである。児童放送劇団、甲府放送劇団を経て現在はフリーで「語り」を専門として活躍している方である。 2本で約2時間。たっぷり楽しんだ。これから奇数月の第一土曜日に連続で「意気地なし」「おとくの神」「鱗雲」「荒れ野」など藤沢作品をゲストとともに読み続けていく。 |
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2000年03月04日 17時43分31秒 |
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育て杉の子 |
| 森林を大切にしようと、一時期割り箸までプラスチックになったことを覚えているが、今朝のテレビで、この考え方が日本の森林をだめにしているという特集を見た。 杉は成長が早いので戦後大量に植林したが、高度成長で木材が不足して輸入に頼ったため、安い木材が使われるようになり、コストの高い国産は需要が無くなった。 自然林は放っておいてもよいが、一面に同じ木を植林すると、常に手入れをしていないと木が大きくならない。ところが今では手入れをするとコストが嵩み赤字が膨らむのだそうだ。だから放置する。木は育たないし、風が吹けば倒れる。木の根が張らないから土砂崩れなどの災害も起きる。 人が使うために植林したのだから、責任を持って育てて使うことが環境保護になる。 農林の政策が時代に依ってころころ変わると、安い木を切り尽くし、自国の森林を枯らしてしまうという二重の自然破壊をすることになる。 地域ではボランティアが木の手入れを始めたようだが、コスト一辺倒、使い捨て礼賛が、ここでも我々に大きなつけをまわしてきた。 以前、本で読んだことだが、南洋の木を日本が根こそぎ切り倒し(高く買い付けて)豊かな緑の島や森を裸にしてしまったそうだ。 すべてが狂っている。以上のような話は誰も気が付かないで、問題意識もない。こんな事を書いている間にも地球はどんどん汚れ、錆び、痩せていくのだ。 |
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2000年03月03日 18時29分13秒 |
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ひなまつり |
| きょうは「ひなまつり」。昨日飲みながら男雛・女雛はどちらに置くのが正しいかという話題になった。 少し前、新聞に小笠原流の方がこのことを書いておられた。今は向かって左に男、右が女で飾るが、昔は逆だった。昭和天皇のご成婚式の時に天皇・皇后がお並びになったのに倣ったという。大正天皇からという説もあるようだ。 明治以前は左が女雛、右が男雛で、三月の節句に結びついたのは1600年前半。初めは宮廷行事として始まり、1600年半ば頃から武家・町人にも広まって行った。次第に華美な人形や道具が使われるようになり、寛文8年(1668)、宝永1年(1704)に禁止令が出されたといういきさつがある。 いずれにしても、明治以前は都市中心の行事であったが、「雛人形」として商品化されてから全国で行われるようになる。 節句との結びつきは、もとより行われていた「ひなおくり」に由来するのではないかという。紙の雛を祭り水に流した。神道の祓いの意味を持つ。 紙の雛はやがて糸、押し絵、土焼、胡粉塗りなどに変わり、その時の流行の装束で飾られるようになり、今日のような座り雛が生まれたという。 飾り方も、江戸中期から内裏雛の他の雛や調度が加わり、雛壇ができた。 初めは赤い布を敷いた二段の雛壇の上段に御殿(御厨子)をつくり、ここに内裏雛を配した。下段には箪笥、長持、御所車、鍋、釜等を置いた。 幕末になると7段、8段の飾りも現れる。雪洞(ぼんぼり)や桃の花が飾られたのは江戸中期から。 話をもとに戻すが、飾り方の位置関係で今でも決められているのは、桜(右)・橘(左)と五人囃子の並びか向かって左から太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡手の順である。 いずれにしても、京風、江戸風、公家風、武家風、町家風が混在してちぐはぐなところもあり、飾り方に決まりは無いようだ。 |
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2000年03月03日 18時00分39秒 |
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オウムのソフト(3月2日) |
| 2月の半ばに冗談半分でオウムが優れたソフトを開発したら怖いなとこの日記に書いた。 昨日、そのことが現実となったニュースが報じられた。大企業80社が購入したソフトの一部にオウム製があったという。行政や自衛隊も買ったらしい。勿論それと知らずに購入したらしいが、恐ろしい話だ。 |
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2000年03月02日 11時11分52秒 |